えげれす通信、再び

20年ぶりに復活しました

【旧】えげれす通信_vol29:年度初めのご報告②1999 (21/10/1999)

多少前に書いて、送信できなかった奴を送ります。

 
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お久しぶりの「えげれす通信」です。内容が重複する人も何人かはいると思うけど、とりあえず、部屋に電話が漸くついて、通信環境が整って嬉しいので、送りまする。新年度が始まり、大学も変わり、ワタクシ、去年までの寮を出て、フラット暮らしを始めました。

 
新しい部屋に電話をつけなきゃならないので、この手続きが鬱陶しくて、各方面にも、正式にまだ伝えていないところが多く、最新の様子報告も、後にしようと思っていたんですが、お久しぶりです。まぁ、こうやって、大学に毎日パソコン持って来ているから、多少不便ながら、その場で読み書きはできるんだけどね。

 
一応、先生方と、院の連中には、報告したけど、その他の友人連中にはまだきちんと知らせてないので、ここに一応正式に、これまでの経過を書いている訳であります。まだ、僕が何をしてるか、不明なひとたちが多いらしいので。

 
新しい棲家は、とっても快適。静かだしねぇ。去年までの寮での喧騒さが嘘の様だ。僕は、この国の田舎をこよなく愛するのだけど、倫敦も、このあたりまで来ると、だいぶ田舎の雰囲気が増してくる。完全な住宅地なんで、恐ろしく静かだ。

 
大家ともう一人の同居人は、両方韓国人なんだが、大家さんは、とってもいい人である。何と言っても、綺麗好きなのがいい。欧州人は、食った皿を洗わないとか、ゴミをほったらかしにするとか、掃除をしないとか、多々そういうことがあるんだけど、流石はアジア人。家は恐ろしく綺麗さを保っている。僕もかなりの整頓好き。それでも、負けそうになるくらいだ。

 
もう一人は、最近来た人で、まだほとんど話もしてない。でも、悪い人ではなさそう。

 
基本的にprivateは尊重される、というか、互いに会うことは少ないので、その点も気に入っている。共同スペースである、キッチン、トイレ、バス、で会うこともたまにあるけど、活動時間帯がずれているらしく、あまり顔を合わせることはない。

 
料理は、完全なキッチンがあって、しかもオーブンまであるので、僕は非常に嬉しい。これまで見てきた、えげれす固有の、見たことない野菜類とか、調理してみたくてたまらなかったんだが、これで実現できる。食文化探究を副業とする人類学徒としては、料理は欠かせない要素なのだ。

 
大学までの通学では、乗換えが多少多いけど、僕はそれは気にならないので、平気である。定期券は、こっちのは、地下鉄+バス+BR(元国鉄)全てに共通で、しかも区間制ではなく、ゾーン制なのである。新しい棲家はZONE2にあり、大学はZONE1にある。故に、定期があれば、ZONE1-2の好きなところに自由に行ける訳である。

 
家賃が前の寮より安く、その安くなった分で定期代をまかなえるし、去年までの生活費の分で今年も生活もできそうなので、経済的な生活レベルは、去年と変わらないでしょう。家賃は全部込みで、この値段。いや、よくぞ見つかったものだ。

 
新たな棲家の駅があるJubileeラインというのは、日本人が多く住む地区を走っていて、客層もいい。混まないし、綺麗だし。

 
倫敦の「人種的地図」は、他の多くの都市と何故か同じく「西高東低」。更に、大阪と同じく「北高南低」。きっかりと、人種だとか、生活レベルだとかが分かれている。

 
具体的な地名で言うと、

 
「そこから生きて戻って来た者はいない」Elephant&Castle
「カリビアンは陽気だけど、他の理由でハイなのかもしれない」Brixton

 
等は、テムズの南に位置し、

 
「空気が全てカレー味」Whitechapel
「人間の住むところじゃない」Stratford

 
等は、東に位置している(個人の感想です)。

 
それに対して、

 
「ジェームズボンドも住んでいる」Chelsea
「ダイアナ妃でおなじみの」Kensington

 
は西だし、

 
「ロンドンが一望の下に見渡せる小高い丘」Hamstead
「あのAbbey Roadがある、閑静な住宅地」St.John's Wood

 
等は、北にある。

 
で、僕の住むCricklewoodはというと、北西であり、上の条件的には抜群なんだけど、途中にアイリッシュコミュニティー、Kilburnを控えているためか、なんとなくガラがよろしくない。但し、あくまでも、アイリッシュがアツくなるのはイングリッシュに対してだけなので、我々には、何の問題もない訳である。だから、大学までは多少遠いけれども、実に気に入っている。

 
さて、新しい大学だけど、あまりに名前のブランドを鼻にかけすぎるところは、よくないな。最初の、新入生歓迎式典みたいなのも、日本じゃ珍しくないけど、中之島公会堂みたいなところでやるし(イギリスではそんなのは滅多にない)。そしてそこで、早速、「本学は、世界でも有数の、sosial scienceの名門である」と連呼していた。その後も、この手のコメントの多いこと多いこと。ちと言い過ぎやろと思うが。そういうことは、自分たちが言うことではなく、世間が判断することだろう。

 
大学には、キャンパスというものがない。ビルが、大きなもので、5つくらいあって、それは、普通の通りにある。車が入れない部分はほんの少しだけで、あとは、公道なのだ。そして、その狭いスペースに、学生がうじゃうじゃいる。

 
授業は、モジュール単位で、モジュールは、一時間の講義+一時間のセミナーで構成される。モジュールは、全部で3つ。「Anthropology: Theory and Ethnography(必修)」「The Anthropology of Economic Institutions and their Social Transformations(選択)」を決めて、あともうひとつを検討中である。第3のグループには、僕の取りたい、経済関係の奴があったんだけど、残念なことに、今年は開講されないらしい。開講される奴は、具体的なエリアスタディのものとか、あまり面白そうじゃない奴しかない。

 
院の学生は、全体では、16人。女性のほうが多い。東アジア系は、僕以外に、日本人が一人いるのみ。あとは、インドとかパキスタンとかはいるけど、基本的に欧州のひとたちだな。まぁ、問題はしゃべりだけど何とかなるでしょう。聞き取りは、結構できるようになっているので。

 
それにしても、この国は、列車事故が異様に多いねぇ。先日の、パディントンの事故だけど、日本じゃ信じ難いことが頻繁に起こる。正面衝突なんて、あり得ないよね。信楽のは、単線だったぞ。この前も、脱線事故があったし、ニュースが日本に流れていないだけで、実は色々な事故が相当ある。しかも、こっちのインターシティ(一番速い特急)は、路盤のキャパシティ以上と思えるほどのスピードを出す。音は限界値、振動も脱線寸前、めちゃくちゃ飛ばす。体感速度が速いのね。あれでぶつかったら、一発だよな。何事も、古いものを大事にする国だから、列車管理システムも、更新せず、「このままでいっとこう」という感じなのかも知れぬ。

 
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とまぁ、これが、少し前に書いていた部分です。

 
この一週間は、何だか、とっても運気が悪かった。週の初めには、棲家の玄関の鍵が開かなくなり、家に入れず、友人の家に泊まらざるを得なかったし。そして昨日は、何と、財布を落とした!(財布紛失は我が人生で二度目)

 
一度目の時は、取ったばかりの免許証を、一緒になくした。でも、まだ日本だったし、今から考えれば、どうということはない。

 
えげれすで財布をなくすとどうなるか。僕は、

 
国際キャッシュカード 1枚
キャッシュカード   1枚
クレジットカード   3枚
国際テレホンカード  3枚
学生証        1枚
国際学生証      1枚
BR学割パス     1枚
図書館カード     1枚

 
ざっと挙げただけでも、これだけものを、何とかしなければならない。

 
先ず、国際キャッシュカードをなくした時点で、日本からの送金が途絶える。現金は、減ることはあっても、増えることが一切なくなる状態に陥る。次に、こちらの銀行のキャッシュカードをなくした時点で、こちらの口座の現金が封じられる。同時に、ギャランティーを失うので、小切手も切れなくなる。そして、クレジットカードがなくなると、キャッシュレスの買物が、完全に不可能となる。

 
この段階で、僕の持ち金は、コイン入れに入っていたコインのみ、ということになった。何故なら、紙幣は、財布に入っていたから。

 
さて、こちらの口座については、残高がさほど多くはないし、まあいいとして、日本のカード会社に連絡して、日本の口座を止めてもらわなければならない。然し、テレホンカードも紛失したので、劇的に高い、KDDのテレカ(これは幸い家にあった)を使わざるを得ない。仕方がないのでそれを使って、実家に電話した。向こうは、夜中の3時だけど、仕方がない。

 
「・・・只今出かけております」

 
何で留守電なのよ。こんな夜中に、おかん、どこかに遊びにいっているのか?息子が大変な時に。・・・という筈はさすがにないので、多分、留守電にして、寝ているのかな。

 
(一時間後)
「・・・只今出かけております」

 
何でやねん。あ、でも、まだ4時か。仕方ないか。

 
(ニ時間後)
「・・・只今出かけております」

 
おいおい。

 
(三時間後)
「・・・只今出かけております」

 
助けて。6時ですよ、もう。ぼちぼち起きる時間でしょうが。平日の朝でしょうが。世の中の奥さんは、ぼちぼち、味噌汁をつくる頃でしょうが。

 
(四時間後)
「・・・只今出かけております」

 
どないやねん。留守電だったら、向こうに音声が聞こえているはずだから、大声で怒鳴って、起こしてやれ。

 
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

 
僕は、人気のない公衆電話のボックスで、夜中の、クソ寒いなか、何度も怒鳴った。これ、外からみたら、アイリッシュじゃなくとも、かなり危ないヤカラがいる、治安の悪い地域みたいに、見えたかも知れぬ。

 
知っての通り、KDDってのは、鬼のよう高額の通話料がかかる。日本よりも、遥かに競争が進んでいるえげれすでは、アホみたいに安い通話料で済むテレカが沢山売られている。僕がいつも使っているテレカでは、日本までなんと、「一分16円」とかでかけられる。天下のKDDは、流石に、西田敏行が屋根の上で踊っていただけあって(それは、朝日ソーラー)、もとい、西田敏行が歌っていただけあって、絶望的な状況にいる僕を、更に苦しめる。このKDDのテレカは、まさに僕の生命線である。最初7500円分くらいあった残高が、実家の、「・・・只今出かけております」を聞く度に、劇的に減っていく。

 
結局、僕は、日本時間で朝9時になってもまだ寝静まっているらしい我が家を、家事放棄して出奔しているらしいおかんを諦めて、自分で、国際電話で、住友銀行と、クレディセゾンに手続きをすることにした。住友のねぇちゃんは、朝9時きっかりに電話した僕に、

 
「おはようございます。住友銀行仙台支店の○○です」

 
と爽やかにいいやがる。「爽やかすぎるのよ」と心で呟きながら、

 
「あの、今、倫敦なんですが」

 
というと、ねぇちゃんは、

 
「ぇ」

 
と、小さくリアクションを起こし、暫くすると、偉いおっちゃんに代わった。ああ、きっと、昼休みに、OL話で、惨めな日本人青年のネタが話題に上るんだろうなぁ。さて、全ての手続きが一応完了し、未だオウムのように繰り返す実家の「・・・只今出かけております」には、それなりのメッセージを残し、僕は自棄酒を飲んで、ふて寝を決め込んだ。そう、こちらは、その頃、やっと夜中だったのだ。

 
今日は、大学に行って、本を借りようと思った。すると、

 
「図書カードがない」

 
去年までの大学の、去年よく行っていたパブで、今年から、セキュリティーがついたところへ行こうと思って考えたら、

 
「IDがない」

 
まるで、手足をもがれたみたいに、何にもできない。嗚呼、現代人よ、各種カードがないと社会的に無力化されてしまうのね…。カネだけあっても何もできないのね…(カネさえ無いけど)。うんざりしつつ、打ちひしがれつつ、念のため、大学の取得物係で聞いてみると、何と、オレの財布が、しかも無傷で、中身無事で、届いていた!思わず係のおっちゃんに、

 
「Oh my God!!」

 
と言ってしまってから、自分が、ヤらしい日本人に見えた気がして、小さく、

 
「Oh my Buddha!」

 
と言い直したのは内緒だ。さて、とりあえず一見落着して、愛しの我が家に電話すると、サクッとおかんが出てきて、一言。

 
「昨日は、おとーさんも、わたしも、泊まりだったのよ」

 
Oh My Buddha!!!