えげれす通信、再び

20年ぶりに復活しました

【旧】えげれす通信_vol44:ヤサガシ (03/09/2000)

季節は流れ、時間は過ぎ去り、僕は今、倫敦にいる。もとい、倫敦を離れようとしている。わたくし、この秋から、倫敦を離れ、地方の大学に移るので、その為の家を探さなければならない。

 
この国で、然も、単身で、棲家を見つけることは、なかなかに困難なことである。この国の住習慣が、日本のそれとは大きく異なるからである。

 
日本では、都市部に行けば行くほど、単身者向けの住居には事欠かなくなる。家賃はかなり高価であり、引越しにかかる費用も莫大なものになることはあっても、「家探し」自体には、それほど困難を伴わない。

 
かたやえげれす。この国では、大変に事欠くのである。この国の住習慣において、単身者が部屋を「借りる」場合、「一軒家にある一部屋を借りて、その他は共有する」というフラットシェア形式が一般的になる。日本のような、「ワンルームマンション」は、まず無いに等しい。そうした物件の絶対数が少ないので、仮に不動産屋に行ったところで、まずそういうのは見つからない。見つかったとしても、恐ろしく家賃が高い。

 
日本は、地震大国、であるが故に、一軒家は木造家屋が多い。木造はもたないし、新築新築、また新築で、建造物自体が出来たばかり、というようなものも多い。日本では、「古い家をぶっこわして、新しい家を建てる」というシーンにも、割りとお目にかかる。しかしながら、一軒家は、空いている間を人に貸すほどの大きさではないので、戦後の「二階借り」や「下宿」みたいなことは、現代ではほとんどない。かたや、集合住宅はバラエティに富んでいるものの、それらの基本は、「玄関入ったら、すべてが揃っている」というものである。トイレ+バス+キッチンは、小さいながらも、完全にそろっている。部屋数や間取りも様々あるので、単身者だったり、ファミリー向けだったりと、広いレンジでの部屋探しが可能になるし、それぞれは「独立した空間」を享受できる。

 
えげれすでは、地震がないので、ちゃっちぃ木造家屋などは殆どないばかりか、何でも、建造物新築は、容易ではないらしい。街の景観を損ねるというので、たとえ自分の土地であっても、むやみやたらに、奇想天外な家屋を建てるわけにはいかないそうである。木造ではないので、もともと壊れにくいばかりか、壊れるような災害もない。つまり、家屋は、ひとたび建てれば、兎に角、いつまでも、ひたすら、どこまでも、なにがなんでも、壊れないのである。日本で言うような、「遂に長年の夢が叶って、家を新築しました」みたいなことは、ほぼ起こりえない。ポールマッカートニーも、ミックジャガーも、やっぱり、出来合いの、使い古しの家を買うのである。

 
家のタイプとして、

 
Georgian(18c-19c)
Victorian(19c-20c)
Edwardian(20c)

 
などがある。しかし逆にいえば、これら3パターンに集約されてしまうということである。えげれす的と言えば、えげれす的。景観は、おかげさまで、保たれまくっているので、どこに行っても、変わり映えしない家が立ち並ぶということになる。

 
日本なら、時代別というよりはむしろ、地域別に、家屋の様式は分類される。「曲がり家」とか「中門造り」とか、更に、「石州瓦」とか「うだつ」とか、地域を代表する特徴がある。その特徴を見ると、旅情が湧くこともある。その土地でしか見られない、家屋のつくりや、屋根の形など。日本では、家のカタチを見ることは、旅の一つの楽しみでもあるのだ。

 
しかし、えげれすでは、どこに行っても、だいたい同じ形の家屋しかない。しかも、新築されない。新築されないということは、よく言えば、街の景観が保たれるということであるが、悪く言えば、街がいっこうに進化しない、ということである。どちらが良いのか、悪いのか。難しい問題ではある。ただし、単身者の引っ越しということになると、いつまでたっても、近代的で独立した「個室」があるマンションが建つことはほぼ考えられない。結局、古い、代り映えしない、でかい家の、それぞれの部屋を借りて、キッチン+バス+トイレは共有する、ということになる。この「フラット」が、えげえすにおける、単身者の、一般の住環境なのだ。勿論、今の家も、そういうことである。オオヤとそれらを共有しているわけなので、ああいうことも起こるのである。

 
閑話休題

 
さて、この度、新たな街に家探しに行ってきた。倫敦は、矢張り何かと便利である。日系不動産屋もあるし、日系コミュニティ誌の広告もあるので、気長に探せば必ず適切なフラットは見つかる。何より、お互い日本語ということで、契約の様々な問題に関するリスクがかなり軽減されるのだ。然し、今回は、田舎町であり、日系不動産屋はおろか、そんな新聞もない。日系スーパーもない。日系本屋もない。日系カラオケ屋もない。刺身も買えないし、日本酒も買えない。嗚呼、僕はどうしたらよいの。

 
そんな不安に抱かれながら、僕のヤサガシ旅は始まった。

 
実際、倫敦に暮らしていると、さっぱりえげれすを感じることがなかったりする。なんなら、英語を話さないでも、暮らしていける。最近は特に、家に篭って仕事しているので、ほとんど英語を使っていない。しかるに今回のヤサガシでは、英語でガンガン交渉をしなければならない。なかなかの緊張感である。一応手元には、大学から貰った物件リストがある。交渉相手は勿論、全て、ガイジンである。

 
僕は行く前には、多少、楽観視していた。というのも、去年の今頃、倫敦ではないところでヤサガシをしなければならなかった友人につきあった経験があった。その時は、あれやこれやかなり色々対策を考えて、その地に乗り込んだのだったが、実際には、あっけなく決まったのである。駅を降りて、二三分歩いたところに、ケバブ屋があった。そのケバブ屋にはフラットメイト募集の、しかも日本語の張り紙があった。試しに電話をしてみたところ、話はどんどん進み、実に実にあっけなく、部屋が決まってしまったのである。僕も友人も、実際のところは、ヤサガシの経験はそれが初めてであった。不安も大きかったのだが、決まるときには決まるんだな。あまりにあっけなかったので、拍子抜けしてしまった。部屋は綺麗だし、駅から歩いてすぐだし、いくら地方都市だとしても、条件は抜群ではないか。銀座で言えばSANAI、大阪で言えば阪急梅田、そんな絶妙の場所にあるフラットが、信じられない値段で見つかった。なんてこった。・・・尤も、銀座四丁目にも梅田新道にも、ケバブ屋が出店しているとは思えないので、街の規模は推して知るべし、というところだけど。

 
去年のこの経験があったし、さらにその翌日、今度は僕自身の物件を倫敦で探したのだが、その時も、安藤おやぢのお蔭で、今の家をさくっと見つけることが出来たので、今回も、結局は大丈夫なのではないかと思ってはいたんだけど。

 
さて、目指す町に到着した。ここは、最初にえげれす留学を考えたときに、最初に思い浮かんだところである。紆余曲折を経て、倫敦での二年の歳月を経て、結局はここに落ち着くことになったという感慨もある。旅行でも数回来たことがあるので、街の雰囲気も知っており、申し分なく気に入っている。川が蛇行し、そこにそびえる古城。えげれすを代表する聖堂。歴史的な町並み。

 
うむ。
ええぞ。
ここで暮らすのか。

 
僕は、駅を降りて、まずはケバブ屋を探した。・・・ではなくて、街中の掲示板などを探した。・・・が、ない。駅前に中華屋ならあったけど、そういう問題ではない。とりあえず、宿を取って、翌日から、行動を開始した。

 
大学からもらったリストの住所を見て、地図で大体の場所を把握する。倫敦と違って、遥かに遥かに、規模がちっこいこの街では、少し歩けば、既に、奴らが草を食っている。倫敦だと、せめて電車で20分は進まないといない奴らが、徒歩圏内に、いる。田舎、よいぞ。

 
どうせ田舎暮らしをするなら、似非田舎ではなく、マジ田舎の暮らしを満喫したいと思った。幸い今年からは、コースワークが無いので、大学に「通う」機会はそれほどないはずである。そもそも今だって、大学までは、片道1時間弱かかる。かたや、このちっこい街で、1時間分も離れてしまったら・・・、いや、奴らがいるだけで、大して景色は変わらないか。

 
「えげれす田舎」についての僕のイメージは、

 
・一面の草原
・一面の羊
・隣家まであるいて10分はかかる
・夜はランプの生活
・6月はラベンダーが咲く
・自力で温泉を掘る
・家が火事になる
・娘が不倫する
・息子は東京から失意のうちに戻ってくる
・草太にぃちゃんが死ぬ

 
途中から妙な方向にずれたが、とにかく、アレと被る。ただ、自力で水の確保をしなければならないようなところは勘弁なので、適度に文明の香りはしてくれないと困る。なので、地図上で、兎に角遠くて、兎に角荒れ地っぽくて、兎に角寂れていそうな雰囲気の物件から順に、電話することにした。

 
最初にかけたところは、大学まで6マイル!の家である。説明文には、

 
「1987年から学生を何人も住まわせているが、その誰もが愛してやまなかった」

 
おうおう。オレも愛させてもらおうやないか。然し、愛する前に、相手に逃げられてしまったらしい。おばちゃん曰く、「ごめんなさいねぇ。借り手がついてしまったの」。僕にとって初めての電話で、相当緊張していたのだが、あまりにもラブリーな対応に、僕は、そのおばちゃんを愛しそうになった。えげれすのおばちゃんは、総じてラブリーだが、田舎のおばちゃんは、さらに倍、な感じで、感じがよい。いやはや、残念。見たところ、ここが一番遠く、キタキツネもいそうな、アレ被りっぽい土地だったので、僕の大きな期待がしぼんでしまった。

 
気を取り直して、次にかけると、出てきたのはまたもやまたおばちゃんである。連絡先リストの宛名には、当然のことながら、Mr.、Mrs.、Miss、の三パターンあるわけだが、それは昼間だったので、Mr.のところは仕事中なのか、出てくれない。夜にしてくれと書いてあるところもある。Missも、それに近いものがある。然し、Mrs.は、昼間でも家にいるのかどうかわからないけど、大抵電話が繋がるのであった。その人も、とっても親切で、愛想が抜群にいい。僕の緊張は、次第にほどけていった。

 

「この物件、まだ空いてますか?」
「ええ、あるわよ」
「見に行けますか?」
「私は都合が悪いんだけど、代わりにうちの息子を夕方にやるわ」
「ありがとう。では夕方に」

 
このおばちゃんは、とっても愛想がいい上に、親切である。物件の説明を、延々としてくれる。

 
「とっても素敵な眺めで、」
「はぁ」
「聖堂が正面に見えるのよ」
「はぁ」
「奥まってるから、とても静かだし、」
「はぁ」
「今改装したばかりだから、とても綺麗よ」
「はぁ」
「広いリビングと、」
「はぁ」
「広い部屋と、」
「はぁ」
「広いキッチン」
「はぁ」
「テレビもあるし」
「はぁ」
ミュージックステーションもあるわ」
「(なんじゃ、そら?)はぁ」
「庭も綺麗よ」
「はぁ」
「車も止められるわ。車は持ってる?」
「いや、持ってないです」
「それは良かったわね(笑)」
「そうですね(笑)」
「この街の駐車状況は、とっても大変なのよ」

 
そう言って、彼女は、terribleを連発した。しかし、兎にも角にも、とりあえず一軒を見ることが出来そうなので、最低でも家はゲットできそうだ。ニンゲンやはり、住居が決まらないと、気持ちが落ち着かぬ。

 
次は、初めてかけたMr.。彼の名前は、なんと、Mr.Chickenという。場所を見ると、なかなか離れていて、地図で見ると、周りは、荒れ地っぽい。電話してみると、何だかとっても「田舎のおっちゃん」っぽいおっちゃんである。どもりがちにしゃべる上に、アクセントも洗練されていない。

 
ビバリーヒルズ青春白書」のドナ役をやっている女優は、トリ・スペリングという。彼女がここに嫁に来たら、

 
トリ・Chicken

 
になるんだな。さらに、彼女が日本でヒット曲を飛ばし、和田アキ子とか石川さゆりとか、その辺を越える歌手になった暁には、紅白の最後に、

 
「今年のトリは、トリ・チキンです!」

 
ということになるのだろうか。しかし、それはおいといて、このチキン氏、さっぱりしゃべりがわからない。この辺りは、えげれすでも有数の、特殊アクセントの地域である。それと共に、文化的にも特殊性があるところである。その辺りも含めて、僕としては気に入っている。幸か不幸か、これまで電話したおばちゃんのアクセントは、かなり洗練されている。恐らく、ミドルクラスなのであろう。然るに、このチキン氏は、わからんわからん。

 
とりあえず、翌日14:00に、見せてもらう約束は取り付けたので、これで二軒、確保できたことになる。僕はこの辺りから、余裕が出てきた。少し時間があるので、チキン氏の物件を見に行ってみることにした。バスに乗って、地図を睨みながら、大体の見当をつけて降りようとしたのだが、何と、実は、電話した場所から5分くらいのところであった。ううむ、流石に5分では、奴らもいない。そして、目的の家は、イメージとは違っていた。なんだか、中途半端な感じである。はっきりいって、外観はそれほど良くは無い。若干がっかりして、中心部に戻り、延々説明してくれたおばちゃんの息子氏の案内のもと、初の実地検分を行う。

 
ここは、申し分なくいい場所で、実に実に、景色がよい。おばちゃんはひょっとして、大阪のおばちゃんのように話をデカ盛りにしているのではないかと、あの機関銃トークをみて、疑ってかかっていたのだが、こいつは本物だ。

 
「うちはむっちゃ景色ええで。川もあって自然もいっぱいあるし」
「はぁ」
「お隣さんも気さくやし」
「はぁ」
「夜とかお腹すいても大丈夫」
「はぁ」

 
とか言われて、いざ見に行くと、

 
「目の前は大和川やないか」
「隣って、それ、レゲエのおっちゃんやん」
カップヌードルの自販機・・・これかい!」

 
くらいかと疑っていたが、このおばちゃんは、真実を述べていたらしい。おばちゃん、スマヌ。・・・ふと、見ると、古ぼけたラジカセがある。

 
ミュージックステーション?!」

 
まぁ、ときにはボケもかますらしい。然し、いかんせん、部屋が4つある中で、条件のいい2つの部屋が既に塞がっており、残りの2つには、ちと難がある。僕は、いったん保留することにした。

 
街の中心に戻って、残りの物件に電話をかけまくる。どうも、結構な勢いで埋まっていってるらしいのだ。大学のAccommodation Officeにある物件でも、既に埋まってしまっているものが多い。かなり問い合わせが集中しているらしいので、早め早めに行動しなければならない。

 
あるMissサンにかけたら、

 
「あなた、reference letterはもらえる?」

 
と聞かれた。この国では、信用のおける人間からの紹介状は、何をするにも結構重要である。『日の名残り』でも読んだことあるぞ。しかし、家探しで、これを言われたのは初めてである。オレは執事じゃないぞ。タダの学生だぞ。

 
「それは必要なんですか?」
「この国では当然のことよ」

 
お前はサラか!(Vol.0.9参照)。だからこの国のMissサンは、おっかないのよ。なんで若い女性は、こうも、ツッケンドンなんだろう?どこの境目で、あのラブリーなおばちゃんになるんだろう?かなわんかなわん。

 
さて翌日、アポイントを取っていた一軒を見に行く。ここは、今もって尚改装中であり、しかし作業は、遅々として、進んでいないらしい。電話では、このおばちゃんは、せかせかとしゃべっており、あまり良い印象ではなかった。然し、会って見ると、なかなか感じのいい綺麗な人である。子供を連れてきている。何でも、人に貸すのは初めてらしく、自分でも戸惑っているらしい。ふーむ、慣れきっている人よりは、良いではないか。

 
「本当は、8月末で改装が終わる予定だったの」
「そうですか」
「今、大工さんたちが、ホリデーでいないの」
「(ううむ、えげれす。。。)はぁ、なるほど」
「来週末には終わると言っているんだけど」
「(絶対無理やろ)そうですか」
「ここも、あそこも、まだ汚いけれど、全部壁は塗り替えるし、」
「塗り替えたところは綺麗ですね」
「そうなの。全てこの感じになると思うわ」
「(「If」がそのままいかないのがえげれす)良いですね」

 
壁を塗り替え、家具を入れ替え、台所を新装し、床の絨毯も新調すると言う。確かに、改装前は、相当汚いのだが、新装された個所の調子を見る限り、これが完遂すれば、かなり生まれ変わると思われる。

 
「古い家なのよ」
「そのようですね」
「60年代ですからね。。。」
「それは古い!」

 
と、僕は、一瞬、この国にいることを忘れて、言った。「40年」ってことは、まずまず古い、、、と思ってしまったのだ。ところが、

 
「・・・そうでしょ。1860年代ですからねぇ」

 
彼女が、「エイティーン」と言った刹那、僕はのけぞってしまった。

 
「せ、せんはっぴゃく?」
「そうなの」

 
考えたら、この国では、100年やそこらでは、家が壊れたりしないのである。アタマではわかっていることだが、実際体験するのとでは大違いだ。

 
明治維新。。。

 
他の家も、聞けばあるいはそういうところも珍しくないのかもしれないが、僕は、今回のヤサガシのテーマに、

 
「何か、とことん」

 
というのを置いていたので、この古さは気に入った。

 
「とことん、羊」
「とことん、田舎」
「とことん、邦衛」

 
の夢は潰えたけれども、なんだか、一寸、良いではないか。実際、この場所は、駅から歩いて数分の「ケバブ距離」なので、「田舎住まい」とは程遠くなってしまう。しかし、実際のところは、この街自体が田舎なので、辻褄はあっている。それと、もう一つ気に入ったのは、階下に唯一ある部屋に、まだ借り手がついていなかったということ。この部屋は、嘗てのリビングらしく、とてつもなく広い。他の4つの部屋は全て階上にあるのだが、これだけ階下にあって、キッチンも近い。ということは、他の住人を気にしなくてもよいということになる。僕は、今の棲家での経験から、部屋が台所に近いというのが、かなり重要なポイントだということを知っている。また、何より、大家のおばちゃんが、とっても良い人っぽい。まあ、こればかりは、後にどうなるかわからないのは、これまた今の経験が教えていることだけれども(苦笑)。然し、今回は、大家が同居しないということなので、まぁ、大丈夫でしょう。そういうわけで、僕はここに、かなり良い印象を持った。

 
さて、先述のトリ家である。約束の時間に待ち合わせ場所に行ってみると、トリ氏が現れない。僕はその後にも約束があったので、あまり待ってはいられない。申し訳ないけど、そのまま帰ってきてしまった。まぁ、中を見ないとわからないとはいえ、先程の部屋が良かったので、興味関心も急速にしぼんでいった。

 
というわけで、無事、契約を済ませることが出来た。僕にとっては、かなりしんどかったけれど、逆に、いい経験になったと思う。自力で成し遂げた感がある。然も、こんなに英語をしゃべるのも久しぶりである。半年分くらい、一気にしゃべったかもしれん。

 
さて、家が決まれば、次は街を知る必要がある。特に、店が早く閉まるえげれすでは、買い物のシミュレーションをしておく必要がある。街中にある、大体の店の配置と営業時間を把握したけれども、僕にとっての死活問題は、依然、未決である。そう。刺身&日本酒だ。

 
倫敦まで週一回、買出しにいくか?そうすると、週8000円の交通費か。でも、日本で飲みに行くことを考えたら、そんな値段で済むなら行ってもいいかな。然し、そこに海があるのに、何で魚が売ってないねん。・・・おっと、この問いは、これまで何百回と、自問自答してきた奴だ。一説によると、スーパーのデリカテッセンで売っている魚は、生食をしても多分大丈夫らしいという噂があるけど、しゃぁないから、試してみるかな。ぶつぶつ。

 
列車で17分のところに、この地方最大の街がある。この街は、半端じゃなく、えげれすでも指折りの、正真正銘の大都市、地下鉄もある。僕は、家も決まったことだし、そこに行って、買い物情報を仕入れることにした。

 
中華街があるのは知っていたので、直行する。そこそこでかく、中華スーパーもある。入ってみると、倫敦と比べても、あまり遜色のないくらいの規模である。ということは、日系食材は、結構手に入るということ。日本酒も、かなり少ないが、おいてある。というか、日本酒に関しては、多分何とかしようがある。・・・然し、刺身はない。こっちのほうが、大問題なのだ。冷凍のコーナーに行くと、トリ貝があった。これは!と思って、店内にあった広告を見ると、「刺身」と書いてある。おお。少なくとも、トリ貝の刺身は食えるということか。さらに、烏賊の冷凍もある。こちらには「刺身」の文字はないが、試してみる価値はありそう。僕は嬉しくなってきた。

 
Marks&Spencerという、えげれす国内にはどこにでもある大手スーパーがある。ここは、全て自社ブランドで固めている特殊な店であり、値段も若干高めだ。一応「高級」とされている店である。ここのOrganicコーナーにある、サーモンの切り身がオレを呼んでいる。

 
「Orkney産の厳選サーモンを、船上冷凍してお届けしています」

 
ううむ。何ともいい感じでオレに語りかけてくる。これは試してみるしかないだろう。その裏側には、

 
「この製品は、必ず火を通して食するべし」

 
という注意書きがあったが、それは無視することにした。

 
「所詮は、刺身文化を理解してない輩の申すこと」

 
僕はそう解釈することにして、買って帰り、宿で早速食べてみた。思ったとおり、新鮮は新鮮なようである。そして、味も、、、申し分ない。僕は、感涙にむせび泣いた。男泣きに泣いた。くぅ。

 
最低限の、食物補給路は保たれたわけで、僕の生命維持装置は、何とか稼動を続けられそうである。次回は恐らく、具体的な町の名前が出るでしょう。その前に、「さらば倫敦」のネタになるかも。