えげれす通信、再び

20年ぶりに復活しました

【旧】えげれす通信_vol28:Virgin賛歌 (03/09/1999)

いやぁ、客人が来た時くらいしかまともに観光しないので、ネタが増える増える。

 
と言う訳で、奇跡的な、連日の「通信」です。

 
今日は、例の先輩氏とマンチェスターに行ってきた。今回の、我々のコンセプトは、「誰も行かんようなところを攻める」。マンチェスターは、えげれすで5本の指に入るくらいの大都市なのにもかかわらず、『歩き方』では、扱いが僅か2ページちょっと、という結構哀しい都市である。

 
その名は、世界に轟き、大英帝国の礎を築いた石炭&紡績業の中心でありながら、はっきり言って、観光地ではない。見る所は、さっぱりない。我々のコンセプトに合っている訳だ。

 
マンチェスターに行く列車は、Euston駅から出る。ここの駅は、隣のKings Xと並んで、今では、えげれすの長距離列車が沢山出発する重要なターミナルのひとつである。昔はVictoriaとかの方が格式が高かったけど、今では、実質、この二つと、Paddingtonのみが、倫敦における長距離ターミナル駅として機能している。

 
機関車トーマス」シリーズで、僕の一番好きだったゴードンが、他の会社の機関車と他から移ってきた機関車(ダック)と三人(?)で、倫敦についてしゃべる場面(註:vol.04で英語で引用した)。

 
「僕は、昔、ロンドンに行ったことがあってね。その駅は、キングスクロスって言うんだ」
「違うよ。ロンドンの駅は、ユーストンだよ」
「冗談言っちゃいけない。ロンドンの駅は、パディントンだよ」

 
この話のオチは、倫敦には「ロンドン駅」はなく、行先方面によって、ターミナルが違うという話である。それはともかく、これらを含めて、10いくつのターミナルがある都市はロンドンだけだという。

 
で、我がユーストンは、スコットランド方面の特急、しかも西海岸線を通る線の、発着駅である。我々は、その特急に乗った。

 
この特急の運行会社は、あのVirginである。先日、社長が気球でどっか行こうとして、挫折したVirgin。いつも「乗りたい飛行機」で、ランキング上位にくるVirgin。旅客業だけでなく、コーラまで手を出してしまったVirginである。

 
僕は、飛行機のサービスなんてものは、下を見たら色々あるけど、欧州系ならば、そう大差はないという持論の持ち主である。Virginだろうが、何だろうが、多少シートピッチが広くて、テレビがついているくらいだろうとかなりナメていた。しかし、どうやら、僕は、Virginの信奉者になりそうである。

 
行きの特急。マンチェスターまでは、2時間半。結構な長旅である。ちと驚いたのは、何度か、

 
「ゴミ、お願いします」

 
という、ゴミ回収の人が車内に来たこと。日本なら…全く普通のことであり、驚くことではない。日本ではね。

 
しかーし、ここは、えげれすなのだ。

 
パブで、前の人のゴミがあっても、それを片付けずに座るえげれす。
ビールがこぼれても、気にせず座るえげれす。
『ロンプラ』で「いたるところにゴミが溢れている」と酷評されているえげれす。

 
そのえげれすで、停車前に前もって、しかも何度も、ゴミを回収するだけのための人間が車内にいるというこの事実。相当、深いところで、僕はジャブを受けたような気がする。しかし、Virginの凄さの前には、まだこれは、「ふーん」というレベルであった。

 
マンチェスターは、矢張り大都市だった。倫敦より、近代的ビルが立ち、ショッピングモールが充実し、イマドキ風の街だった。倫敦を見なれた僕には、少々ショックである。

 
さて。帰りである。

 
今日は、なにせ、暑かったのだ。えげれすのくせに、しかも、中部イングランドのくせに、夕方6時過ぎても26度もある。そして僕は、暑いのが、兎に角嫌いである。クーラーが大好きである。

 
帰りもVirgin。行きの特急は、中も綺麗だし、クーラーもきいてるし、相当快適だった。・・・と思ったら、帰りの特急では、クーラーがきいていない。

 
そもそもこちらでは、クーラーは、結構なレアキャラである。えげれすは日本と違って、夏もそれほど暑くはならないので、どこに行っても、窓を開け、扇風機を回せば事足りる。クーラーを装備している場所などほとんど無いのである。然し、天下のVirgin。行きの特急には、なんと、クーラーが完備され、実に実に快適であった。にもかかわらず、帰りのVirgin特急では、クーラーが効いていない。兎に角暑いのよ。

 
僕は思った。「効いていない」のか?「効かせていない」のか?「効かせているけど、効いていない」のか?それとも「装備されていない」のか?これらのどれもがあり得る。もし「点けていない」のであれば、発車直前に、スイッチ入れるよなぁ、と。実際、そういうことは、よくあるし。

 
発車。まだ、めっちゃ暑い。

 
1時間。めちゃめちゃ暑い。

 
この列車は、とっても混んでいて、ほぼ満員だった。しかも、マンチェスター発ロンドン行きということで、ビジネスマン、つまり、スーツ姿が多い。

 
ところで、未だにわからないのが、えげれす人の、気温の感覚である。真夏でも、皮のコート着ている人。これ、よくいます。

 
・・・なんで?

 
倫敦は、北海道とか樺太とか、そのくらいの高緯度にある。真冬は、かなり寒い。そんなかで、タンクトップ、短パンのにぃちゃん。これも、よくいます。

 
・・・いや。なんで?

 
その感覚、未だにわからないんだけど、今日も、このクソ暑い車内で、上着を脱がずに、平然としてる人間の多いこと。

 
大体ねー。クーラー効いてないねんから、誰か、車掌に言えや。

 
誰も動かないので、仕方ない。検札に来た車掌に、僕が言った。すると、

 
「○△×」←マンチェスター訛りがひどすぎ

 
何やら、クーラーの調子が悪いらしく、しきりに謝っていた。「何かが壊れる」ことにいちいち驚いていては、えげれすでは暮らしていけない。しょうがないので、耐えるしかない。あと一時間半。

 
す、すると、おっちゃん(スーツ)と、ねぇちゃん(Virginユニフォーム)が、何やら、がたがた言わしてやって来た。Virgin、何と、乗客全員に、ミネラルウォーターをタダで配り始めた!

 
何回も繰り返すが、ここは、日本ではなくて、えげれすである。日本で、ラーメンに髪の毛が浮いていたら、タダで新しい替えを持ってくるけど、指を汁に沈めてそれを取り、そのままそれを持ってきそうな、えげれすである。Hospitalityの精神はあるけれども、同時にNever Mindがついてくる、えげれすである。僕は、言葉を失った。全員に?タダで??このサービス精神は、いったい何なんだ???

 
僕は、感動の嵐の中、おっちゃんを見送った。彼は、普通の、スーツ姿であった。きっと、上司に、

 
「全員に水を配って、ロンドン往復してきて」

 
って特命を受けて、途中の駅から列車に乗りこんだんだろうな。だって、普通の、事務職系のおっちゃんだったし。喩えるなら、なんばCITYの抽選会場に、南海電鉄正社員が現れて手伝う、みたいなもんですな(わかる人にはわかる)。水を配るというそのTAMEDAKEに、ひょっとしたら、倫敦初体験だったかもしれない。ゴードンが初めて倫敦に行った時のように。そして彼は、人生の中で、倫敦にもし行くことがあれば、大英博物館に行って、ハロッズに行って、リッツでアフタヌーンティーを飲んで、ハイドパーク辺りのホテルに泊まることを夢見ていたかもしれない。それが、唯の、

 
「水配り」

 
だけで、ひょっとしたら、彼の倫敦に抱いていた夢が潰れてしまったかもしれない。

 
まあ、それはそれとして、兎に角、僕は、感動した。間違っても、そんな「行為」というよりも、そもそも、そんな「発想」さえもが出て来ない国、えげれすである。Virginの会長は、えげれすで生まれたかどうかわからないが、ちょっと異次元の感覚の持ち主だな。

 
感動の嵐が漸く収まり、ふと周りを見てみると、乗客の連中は皆、水を飲んでいる。然し、別段、何かに感動しているわけでもなく、上着を脱ぐわけでもなく、誰かに文句を言うわけでもなく、淡々と、貰った水を飲んでいる。そこに異変は見られない。

 
結局、彼らは、この水の意味さえ、わかっていないに違いない。そもそも、こんなことはあり得ないので、こんなことの意味も、わかりようがない。そういう国民を相手に、サービスを売らなきゃならないVirgin。よくぞここまで業績を伸ばしたと思うけど、この「裏側」を知ってしまうと、その努力たるや、ほとんど神業だね。そして彼らを感動させるのは、さらに至難の技だ。

 
嗚呼、Virgin。
嗚呼、えげれす国民。