えげれす通信、再び

20年ぶりに復活しました

【新】えげれす通信2023_vol06:オトナ社会えげれす編 (17/02/2023)

朝、僕の部屋のドアがギーっと開いた。なんだと思ったら犬のフローラが、わざわざ三階まで上がってきたらしい。ナニ、オレ、懐かれてる?!

 

もう犬なんて怖いなんて言わないよ絶対~♪(えげれすの犬に限る)


今朝のダーラムは暴風が吹き荒れ、なんだか恐ろしく寒そうだ。昨日も書いたように、えげれすの家はとにかく寒い。そして師匠邸は、「ダーラムの歴史1000年」みたいな本にも登場するくらい歴史的なモノらしい。建築は1843年だとか。

それは良いんだけど(良くないけど)、だから色々と隙間風が入ってきたりする。僕は布団にくるまって過ごしていた。

またドアがノックされたのでフローラかなと思ったら、師匠だった。曰く、「暴風の影響で電車が止まるかもしれない」とのこと。なんてこった。

本日はダーラム1440発ロンドンキンクロ1740着の電車を予約してある。確かに昨日の天気予報では暴風警報的なものがでるかもよ、みたいなことを言っていた。「何かあったら迅速に避難して命を守れ」的なことを言っていた。

…信じるか?
…いや、信じない

ここはえげれすよ?情報は常に疑ってかからねばならない。
 
そう思っていたんだけど、師匠曰く、電車は本当に止まっているらしい。

布団から飛び出し、パソコンで調べてみる。キンクロからダーラムを経てエディンバラへ向かう電車の運行会社はLNER(London North East Railway)という。詳しくは知らないけど、たぶん民営化以降、いわゆる「上下分離方式」になっていて、「上」、つまり、鉄道を運行する会社がそれぞれ決まっているわけだ。同じ区間でも、運行会社が違うということがあるわけだ。ただし、ダーラムからキンクロに行く便はたぶん100%、LNERが運行する。

LNERのHPには、かなり仰々しいアナウンスがあり、

・ヨーク(York)とエディンバラEdinburgh)の間で酷い混乱(Disruption)が見られます
・運休もたくさんあります
・理由は「厳しい気候(severe weather)」です
・架線に問題があるため電車が使用できません

などと載っている。

さあ困ったぞ。しかし、何度も言うように、

Things happen (いろんなことがあるわけよ)
Never mind(そんなもんよ)

なので、冷静に対応策を練る。

やはり問題は、事実確認と見込みの整理なわけだが、何度も言うように、ここはえげれすなので、

「何をどこまで信用するか」

ここが一番大事になる。僕の中で、「信用した奴が負ける国」のトップ3はイタリア、スペイン、ポルトガルであり、えげれすはこれらに比べればかなり負けないで済む国だけど、日本と比べれば雲泥の差がある。できるだけたくさん素材を集め、あとはそれらの信憑性を自ら吟味しなければならない。情報というのは「正しいもの」ではなく、それを基にして「正しさ」を判断するためのひとつの「材料」に過ぎない。情報が不正確でブーブーいう日本人たちよ。えげれすで暮らしてみなさい。「メディアリテラシー」とかを教えるらしい、「情報」科目の教員たちよ、学生たちを一週間、えげれすに放置してみなさい。彼らは一週間後、おそらく非常にたくましく、精悍な顔つきになり、おそらくこう言うだろう。

 

Things happen(いろんなことがあるさ)

Never mind(それが人間)


LNERのサイトで、ダーラム発ロンドンキンクロ行きの「現在の運行情報」があった。着目したのは、「運休」がある一方で、「遅延」もあり、「定時」もあるという点。バラバラということはつまり、便ごとに細かく情報を出しているわけであり、全部一緒にざっくりお知らせ、ということではないらしい。

 

こんな細かい芸当ができるようになったのかい


僕の予約便は「定時」となっている。少なくとも走ってはいるらしい。ということは、少なくともロンドンには辿り着けるということか。ただ、

「やっぱり途中で走るのやめとくわ。みんな一旦降りてね」

などという信じがたいことも、ヨーロッパでは、あまりもあっさりと、呆気なく襲ってくる。僕はかつて、アムステルダムからブリュッセルに向かう時、途中のわけわからん、絶望的な田舎の駅で突然降ろされたことがある。気は抜けない。

さらにサイトを良く見ると、それぞれの便ごとに、現在地と、それぞれの駅の発着時間履歴が示されており、しかもそれが、刻々とアップデートされている。

どうしたえげれす?
いつの間にこんな「できる子」になったんだ?

それによると、僕の予約便は、先程、二つ前の駅バーウィックアポントゥウィードを出たところらしい。ここまで来ると、この情報は「信用して良い」ものだろう。

師匠と別れ、駅に入る。駅にはさらに詳しい情報が、掲示板に示されていた。僕の予約便はこの時点で10分遅れになっていたが、その「遅れ時間」も、細かくアップデートされているらしい。

 

出木杉くん①

 

出木杉くん②

これで大丈夫かな。乗れば、ロンドンには着けるかな。

乗れば、着けるかな。
乗れば、ね。
…いや、乗れない!

入線してきた予約便は通路まで人が立つほど混んでいた。この列車はエディンバラ始発、長距離客ばかりなので、僕も含めて、皆、荷物がでかい。トランク置きも網棚も、完全にパンパンで、皆、床に置いてある。

しかし、日本人の僕の感覚では、ダーラムで乗り込む人の数と、車内の混み具合から判断するに、詰めればまあ、全員乗り込める感じではある。

詰めれば、乗り込める。
詰めれば、ね。
…いや、詰めない!

そうだ、ここはえげれすだった。「他者との物理的距離を必要以上に縮めるのはよろしくないという感覚」が共有されているえげれすだった。(因みにこれこそが「social distance」であって、日本人がコロナで使っているのは「physical distance in society」だろうといつも思う)。

えげれす人にとって、日本の「満員電車」なんてものは、全く信じがたいことである。あんなにベタベタ、他者に触れてしまいそうな状況は、完全にあり得ないことである。だから例えば、通勤ラッシュ時、ピカデリーラインを待っていても、来たやつが混んでいれば、無理矢理乗り込まず、次を待つ。これがえげれすだった。日本じゃ、次を待ったところで事態は何も変わらないから、ゴリゴリ乗り込むわけだが、えげれすの場合は、案外、次のは空いていたりする。人々の「感覚」と鉄道の「実状」とが相俟って、こういう「日常」は成立している。

しかし、今は、「日常」ではない。「酷い混乱」の最中だし、地下鉄ほど頻繁に列車が来る訳ではない。そして何より、もうちょい詰めれば、あるいは、目の前にある程度隙間がある訳だからそこに進んでいきさえすれば、みんな乗り込めそうなんだがなぁ。

…でも、それはやはり、しないんだなぁ。そして、未だホームにいる客たちも、別に殺気だっているわけではなく、やはりアノ顔をしている。オレには聞こえる。彼らは確実に、心の中で呟いている。

Never mind.
(気にしない)

 

…いや、さすがに少しは気にしろよ!
動じなさすぎだろ。
信玄かよ。


僕はデッキにスペースを見つけてギリギリなんとか乗り込めた。僕はこの列車の座席を予約していたので、乗り込みさえすれば、座れる筈だと思っていた。しかし、荷物置場はパンパンで、でかいトランクを転がして席まで辿り着く余裕はない。ここが日本ならギリギリ行けそうな感じだけど、ここはえげれす、ワタクシもえげれす人だし(笑)、そういう無理はしない。ロンドンキンクロまで三時間。デッキで立ちっぱなしかぁ。

 

微妙な隙間


ただ僕も、この段階まで、情報収集を怠ってはいなかった。駅のWiFiで、ロンドンまでの代替手段をあれこれ考えていた。

「酷い混乱」の区間エディンバラーヨークである。つまり、

EdinburghーNewcastleーDurhamーYorkーDoncasterーLondon Kings X

という位置関係になる。

仮に、「酷い混乱区間」で完全運休していた場合、最初に考えたのは、

・バスでニューカッスル
ニューカッスルからカーライル経由でロンドンへ

このルートであった。なんというか、例えば、仙台から福島に行くのに、東北新幹線の仙台福島間が不通なので、一旦山形に行き、そこから山形新幹線に乗る、みたいなイメージ。

そしてこの逆パターンは、前回ダーラムに来た、ワタクシの「ちゃんちゃんこ祝い(congregation)」の時、ロンドンからダーラムに行く際にキワキワで選択したルートでもある。この時は、ヨークあたりで「洪水(flood)」があり、鉄道が完全運休していた。僕は翌日にちゃんちゃんこを着なければならなかったので、なんとしても、ロンドンからダーラムにたどり着かねばならなかった。キンクロで完全運休を知った僕は、咄嗟の機転で隣のロンドンユーストン駅まで移り、そこからマンチェスター経由でカーライルまで行き、無事にダーラムに到着したのであった。

さて、今は、さしあたり列車に乗ることはできた。あとはこの「三時間立ちっぱなし」をどうするか、である。僕の考えた代替手段は以下。

①ヨークで降りて、リーズ経由でマンチェスターに向かい、そこからロンドンユーストンへ。
ドンカスターで降りて、スコットランドではない別方面から来るLNERに乗り換える

 

代替ルート

 

①は、大阪から東京に在来線で帰る時、東海道線が「酷い混乱」なので、名古屋で中央本線に乗り換えて塩尻経由で帰る、みたいな感じ。東京駅ではなく新宿駅に着く、みたいなイメージ。

②は小山から上野に帰る時、宇都宮から来る電車が「酷い混乱」なので、大宮で一旦降りて、高崎から来る電車に乗り換える、みたいなイメージ。

上下分離方式」のため、通常、僕のチケットでは、LNERの運行便にしか乗れない。ただ今回は「酷い混乱」のため、日本でいう「振替輸送」をやっているとLNERのHPに出てた。僕のチケットでも他会社運行便にタダで乗れる、ということらしい。ただ、全ての他会社、という訳でもないらしい。

①は、マンチェスターまでは、その振替輸送で行けそうだが、その後のロンドンユーストンまでの便は、振替輸送の他会社便を捕まえられかどうか、若干のリスクがあるっぽい。

他方、②は、安全である。ハル方面から来るLNER便がドンカスターで合流するので、それに乗れば良い。「酷い混乱」はスコットランド方面からの便なので、ハルからのやつはいつものように空いている筈だ。

以上の情報収集と推測を、僕は、満員のデッキで行った。LNERのWiFiは、使用者が多すぎて速度が低下していたので、急遽、docomoの海外パケットパックを契約して乗り切った。

満員のデッキだが、顔ぶれが安定してくると、そこには奇妙な連帯感が醸成されてきた。皆が等しくこの困難な状況を理解し、共有し、享受しなければならない。利己的態度は、最も慎まねばならない。

例えばトイレに行くおばちゃんがきた。すると、皆それぞれが、身体を寄せ、床のトランクを動かしてスペースを作る。自分が立つ場所とトランクを置く場所とスペース。色々な形と大きさの荷物たち。必ずしも自分の所有物でなくとも、「管理」に適したポジションにいる人間が、その対象物を的確に動かし、周囲の人間も手助けする。何度か繰り返すうちに、なんとなくの「最適解」が生まれてきたようだ。

何度目かのタスクを終えた時、僕の前のおっちゃんがボソッとつぶやいたので、僕もボソッと返事をした。

「チームワークですな」
「パズルみたいなもので」

決して殺気立たず、歪まず、穏やかで、社交性を絶やさない。まさに「社会の成熟」を感じる。えげれすのこういうところが素晴らしく大好きだ!

車内アナウンスが、

「次はドンカスターです。後続のLNERサービスがすぐ来ています。ただしそれはスコットランドからの便なので、(もうほんまにどんぐらいっちゅうくらい)めちゃくちゃ混んでます。ただ、ハル方面からの便もあるので、乗り換えの方はどうぞ」

と、言った。「めちゃくちゃ混んでいる(extremely busy )」と言った時、我々の「デッキチーム」はみんな一斉に笑った。笑いはさらなる連帯感を強める。下車支度をする僕に、皆、

「降りるんですか?」
「気をつけて!」
「幸運を」

笑顔で見送ってくれたとさ。

戻って参りました、ロンドン!本日から一週間、パディントン駅近くの宿に泊まります。

いやあ、部屋、狭いなあ。これなら最初の、アールズコートの宿の方が良かったなあ。シンガポールの宿より狭いじゃねぇか。

残るは晩飯をどうするか。パディントン駅の中に、スーパーの「セインズベリー」と「マークス&スペンサー」があるので、そこで適当に買うか。…と思ったら、駅の中に異様な店を見つけた。

WASABI

おお。そういや何か知ってるぞ。僕が留学から帰国するあたりにできた店なんじゃなかったっけ?

「異様」というのは、ここには「bento」つまり「弁当」が並んでいるからである。この愛すべき日本の食文化のありがたさは、海外ではしみじみ感じるものである。主菜と副菜が一体化した、持ち運び可能な形態は、異国、特にヨーロッパではまず無い(アジアにはある)。えげれすで「買い食い」をしようとすれば、パンを買い、サラダを買い、副菜を買い、というふうに、個々別々に揃えなければならない。しかも副菜はせいぜい、ハム、ベーコン、チーズ、パテ、の類しかない。面倒だから、結局、パスティとかサンドウィッチとかになってしまう。バリエーションが無さすぎて、すぐに飽きる。

WASABIのbentoは、さすがに種類が豊富だった。ごはんか焼きそば。チキンカツに、酢豚に、コリアンバーベキュー。値段も£7-8(¥1100-1300)と、許容範囲である(因みに前夜の、師匠と行ったトルコ料理は、二人で約¥16000)。えげれすは、元より物価は高く、今はインフレでさらにエゲツなく、外食はそうそうできないのだ。なので、この弁当は、これか一週間、世話になるかもしれない。

買ったのは「チキンカツ焼きそば」。組み合わせには疑問が残るが、味はまずまず。

 

えげれすで何故かカツが流行ってると聞いたことがあるが、本当らしい


さて明日からは、ロンドン散策に勤しみます。