えげれす通信、再び

20年ぶりに復活しました

【旧】えげれす通信_vol13:報知器死亡 (27/01/1999)

僕は、一人暮し歴が長い。そしてそれは、非常に自由気ままな一人暮しであった。ラジオ体操の時間に朝帰りをしようが、部屋を散らかし放題にしていようが、他人には見せられないものを置きっぱなしにしようが、一向に誰からも干渉されない「独立した」空間を前提とした一人暮しであった。

 

しかしここは寮生活である。今までとは勝手が違う。色々な規制やら拘束があるので、それに慣れていない僕は結構大変なのであった。
 


例えば、朝の掃除のおばちゃん。ここは僕のシロのはずなのに、おばちゃんは、無断で、容赦なく、光の速度で、入ってくる。正確に言うと「無断」ではない。ノックはする。しかし、ノックに対する僕の返答を確認してから、しずしずと入ってくる、なんてものではない。ノックをする方じゃない、もう一方の手は、ノックと同時にドアノブを回している。
 


パンイチ(パンツのみ)で寝ている僕は、最初の頃こそ、「やばい」と思って、おばちゃんが入るよりも早くスウェットを履いていたけど(もとい、履こうとしていたけど)、おばちゃんの光の動きには勝てるはずがない。ずぼらさもでてきたので、最近ではパンイチのままで「Good Morning!」とさわやかに言えるようになってきた。
 


えげれす人はがさつなので、僕が在室していない日に、勝手にされてしまう掃除は曲者である。モノが移動されている、なんてことは当たり前だし、前にも書いたような気がするが、なかなかのおカネを出して購入した、僕のお気に入りラグマットに足跡がついていることも、日常茶飯事である。この間は、足跡どころではなく、ラグの表面がボロボロになっていた。恐らく、掃除機でガサガサと、雑に掻き回したんだろうな。「お客様の部屋を掃除するときには、決して物を動かさない。たとえ動かしたとしても、必ず元あった状態に復元しておく」。「ホテル」で、松方演じる藤堂マネージャーが、高島政伸たちに言うてたやん。
 


そういう、所謂「集団生活」にもとづく色々な規則、あるいは、自分の領域を侵される事態、にはある程度、慣れてきた。しかし、別のトラブルが起こったのであった。
 


えげれすの寮にある火災報知機は、えげれすのくせに、非常に敏感である。「時間の正確さ」にもずぼらだし、「機械をちゃんと整備しておくこと」にもずぼらなのに、こんなところだけ敏感なのだ。ただし、「ちゃんとしていない」ことが原因で、公共性に迷惑をかけた場合、そしてそれが発覚した場合、えげれすでは、エゲつない罰金が処せられる。
 


発端は先々週の鍋である。鍋は我が部屋で行った。グリルパンを使った鍋なので、湯気が天井に上がっていく。ちょっと煙草を吸っただけで、敏感に反応し、やたらやかましく鳴るこの報知器を、我々はなんとかしようと思った。そこで我々は、スーパーの買い物袋で報知器を覆うことを考え付いた。うむ。これはなかなかの妙案だ。「部屋で炊事」は禁止とはいえ、グリルパンでする鍋は「炊事」とまではいかないだろう。火を使うわけでもないし、危険な行為をするわけでもない。ただ、敏感すぎる報知器に、少しの間だけ、黙っておいてもらうだけである。
 


事は巧く運び、楽しく鍋は閉幕した。
 


しかし、なんということでしょう。僕はうっかり、袋を外すのを忘れて、そのまま寝てしまったのである!・・・むぅ、不覚。
 


朝の掃除のおばちゃんは、いつものように、光の速度で入ってきて、すぐまた出て行ったようである。そしてその際、「スーパー袋オンザ報知器」をチラッと見ていったようである。
 


夕方、僕の郵便入れに一通の手紙が入っていた。
 


「貴方は、貴方のした行為に対して、Warden(寮の一番偉い人)が下す裁定に従う義務がある。追って、沙汰があるだろう」
 


「追って沙汰を待て」。大岡越前やないか。
 


本日、その「沙汰」が来た。読んだのは17時頃であった。多分罰金だろうと思って、結構気が重くなっていたが、読んでみると、何と「呼び出し」である。19:15に来なさい、とな。この歳になって、偉い人に「呼び出し」くらって、それにびくつくなんて。。。まるで、廊下を走った小学生の職員室状態である。
 


小学生ではない僕は、景気付けの為に、ビールを二本飲んだ。そしてエエ感じに「メートルが上がった」状態に仕上げた後で、色々ないいわけを考えた。「僕のした事は、そりゃ、悪いのは悪いけど、どのように、どれくらい悪いことなのか」「こちらにも言い分はある」等々を展開した後で、「ではお互い理解したところで、もうしないでね」「うんわかった」「でも規則だからこんだけ罰金払ってね」「わかりました」というシナリオを考えていた。そして僕は、戦いに行った。
 


越前が最初に言った言葉は「全額弁償」。なんじゃそりゃ?
 


説明を聞くと、なんと、報知器氏は壊れてしまったらしい。非常に敏感なものだけに、大変にデリケートなブツらしい。壊れてしまったので、その全額弁償、及び、工事に伴う人件費の見積もりがさらりと示された。
 


戦闘体制だった僕は、ちと焦った。この展開は予想していなかった。越前は、柔らかい口調でこう言う。
 


「あれは、非常にセンシティブで高価な装置です」
「はあ」
「請求額がいかほどになるかおわかりですか?」
「わかりません」
「お伝えしましょう」(I shall tell you)
 


註)shall:「~することになっている」「(一人称の義務的感覚または強い決意を表わして) きっと~する」「(不可避的とみなす事態への予言を表わして)~であろう」
 


もともと「shall」は、神の意志だもんな。それを受けての、話し手の強い意志とか義務を現す助動詞だもんな。「will」とは違うんだよ、「will」とは。。。
 


僕は、「shallとはこういう場面で使うのか」と、妙に感心しながら、越前の落ち着いた声を聞いていた。
 


金額を僕は最初£2000(40万)と聞き間違えてしまい、絶望的になった。しかしよく聞くと£200~300らしい。一発のフクロオンザホーチキで6万円。。。
 


越前氏は落ち着き払い、微笑をたたえながらさらに続ける。
 


金額は今すぐに払わなくてもよい
今期の最後までには払うように
請求書は間もなくあなたのところに届くだろう
 


そして、最後に「なぜあんなことをしたのか」という理由を尋ねてくる。調理が禁止されている以上「鍋」とは言えないので、僕は、「煙草の煙が充満したから」と言った。しかし、どんな時も穏やかさを忘れない、心憎い「えげれす人奉行」は、打ちひしがれている僕にこう言った。
 


「タバコは一日どれくらい吸うの?」
「あんまり多くないです」
「週に1カートンくらい?」
「いや、週2箱くらいかな」
「それはいい。今期末(罰金支払期限)までは、いっそ吸わないことだね」
 


そう言って、彼はにこやかに「Bye」と言った。
 


うう。。。

 

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【2023年からの振り返り】
 

この時は結局、請求書はこなかった。あれはハッタリだったのか。ビビリまくりの状態を長く継続させることで、再発防止効果を狙ったのか。ううむ、フーコーの「規律権力」じゃないか(笑)。