えげれす通信、再び

20年ぶりに復活しました

【旧】えげれす通信_vol06:ツブカレー (日付不明/10/1998)

人間、色々な要素が重なると、突然突拍子もない行動に出るもの。僕は、月曜に提出のエッセイの仕上げと、火曜に発表しなければならないゼミのレジュメ作りと、何としても早く倒さなければならない北条氏(信長の野望)と、この三つの仕事に押されて、金曜日は徹夜することになった。


 
僕は、基本的に、夜は強いけど、朝はめちゃめちゃ弱い。徹夜した日は、朝、すぐに寝るので、結局朝夜が逆転する生活になってしまう。


 
週末だから、まぁそれもでいいんだけど、今回の場合は、メールを送りに大学に行く用事があったし、図書館は、日曜は休み、土曜は早く閉まるとあって、土曜に寝まくるわけにはいかない。


 
そこで、僕としては珍しく、徹夜明けにも、続けて起きておこうと思った。9:30頃まで、レジュメの続きをやり、それから大学に行った。


 
実は、昼間にやることとして、二通りの計画があった。


 
一つは、「バスパス(バスの乗り放題パス)」を買って、行き先を決めずに適当にバスに乗り、どこかへぶらぶらしに行く。この前バスに乗ったら、なかなかに楽しかったので。しかし、今日は、久しぶりに、本格的な雨だったので、そいつはやめにした。


 
もう一つは、かねてから考えていた、「カレーを作る」。よし、こっちにしよう。


 
うちの寮で料理をしようと思ったら、


 
①加熱調理のみ可能。しかし器具は電子レンジのみ。そしてそれは、部屋から遠いところにある。
②調理器具は皆無。万能ナイフのみ。
③部屋に水道はなく、洗い物などはできない。
④フロアに一つしかないレンジ部屋は、平日夜だと結構利用が多い。


 
という条件がある。特に問題なのは、④なのだ。煮炊きをしようと思ったら、少なくとも一時間はレンジを占有しなければならない。しかしオレは気がチイチャイので、結構気が引ける。しかし、とにかく、やってみるか。


 
僕は、早速、近所のスーパーのSafewayに行った。因みに、このSafewayのレジにいるインド系おねぇさんのMAKHMUDAさんはとても綺麗である。僕は、多少混んでいても、そのレジに並ぶことにしている。


 
バーモントカレーのルーは、前もって、中華街で買ってある。それで、具を買おうと思ったんだけど、えげれすのいいところは、スーパーで野菜の量り売りをやっていて、しかも、レジに計量機能もあるので、いろいろな商品を一括して会計に持っていけるのである。僕は、人参一本と、玉葱一個と、牛肉のパックを買った。


 
肉は、牛にしようか、鶏にしようか、豚にしようか、ターキーにしようか、ラムにしようか、迷った。スーパーには、この5種類が、それぞれちゃんと揃っている。今回は、ターキーとラムには適当なものがなく、豚は高く、鶏は一匹まるごととかはあっても、ちっちゃいものがない。結局牛にした。


 
日本で言うところの「和牛」にあたるのかは知らないけど、表面に、「British Meat」とわざわざ書いてある。ここはえげれす。「Mad Cow Desease」のことは、既に忘れているのか、はたまた気にしないのか。しかし、僕もまた気にせず、「英牛」を買うことにした。気にしては生きていけない国、それがえげれすである。(ただし、自分の子供に、将来影響がでる人が出るかもしれないという報告も実際にある>狂牛病


 
部屋に帰り、まず、下ごしらえをした。加熱の容器は、割と大きめの中華用の丼。それに加熱用の材料入れる。僕は、まず野菜を切り始めた。・・・そう、洗わずに。だって、部屋に水道はないし、まな板などという便利なものはないし、なんにもないのよ。だから、気にしない。


 
人参と玉葱を切る作業は、机の上の、パソコンの隣で行われた。まな板変わりに、図書館で借りたアダムスミスの本を置き、その上に読売新聞を敷いて切っていく。


 
肉は細切れを買ってきたから、そのままでよい。野菜を入れて、肉も入れて、炒められないからバターをそのままちょっと載せて、ブイヨンを振り掛けて、塩胡椒をふって、ガーリックパウダーもふって、水をひたひたにして、いざ、レンジ部屋へ行く。


 
他の昼飯の用意は何もしていなかったし、しかも、昨晩の19:00以来、何にも食っていなかったので、腹は減りまくりである。腹はへこむ。期待は膨らむ。


 
さて、レンジ部屋。幸い誰もいない。で、とりあえず、タイマーを60分にセットして、あとは部屋で、北条氏と戦うことにする。電子レンジのタイマーが「60分」というのは、いささか未踏の領域だが、まあ、気にしないでおく。

 

 
60分経った頃、期待と不安でドキドキしながら、電子レンジの様子を見に行く。すると、なんとまぁ、かぐわしい香りが廊下にまで漂ってきている。「こいつはイケてる」と、イマドキ風の台詞をはきながら、実際確認してみると、非常にいい感じである。しかし、さらにあと10分くらい煮こむと、さらにとろとろになりそうな感じである。僕はもうちょっと粘ることにした。幸い人もいないので。


 
そこで、カンカンに熱くなっている、レンジ自体と、丼とに気をつけながら、丼をいっぺん取りだし、中をちょっとかきまぜてまた入れて、再びレンジをスタートさせようとした。すると、


 
動かぬ


 
ひょっとして、熱くなりすぎて、サーモスタッドかなんかの加減で、今はスイッチがオフになるようになっているのかな。


 
少し経って、また試してみたけど、また駄目。


 
・・・どうやら、オレは、みんなの大事な、フロアに一つのレンジをおしゃかにしてしまったらしい。


 
そんなところに長居は無用なので、僕は、痕跡を残さずにトンズラした。唯でさえ、よく料理をしているところを目撃されていて、


 
「Hey! Cooking Guy!!」


 
とか言われて、面が割れている。証拠を残したりすると、真っ先に疑われる。


 
仕方がないので、一度部屋に持ちかえる。具は一応柔らかくなっているので、試しにルーを溶いてみた。すると立ち上がる、西城秀樹のあの香り。ヒデキのあの佇まい。これ、見たことあるやつだ。


 
僕は、ひたすら感動しながら、さらにルーをそろそろと溶かしていった。


 
するとここで、二つ目のアクシデントが起きた。


 
カレー作りで、最も多い事故は何か。それは、「下ごしらえスープの分量が、ルーの固める能力を上回る」事故である。目測を誤ると、「固まらない事故」が起きてしまう。しまった。目測を誤った。


 
ここが、もし日本ならば、落ち着いて考えて、冷静な対処をするところである。


 
①コンビニかなんかに行き、落ち着いて、追加のルーを買ってくる。
②あるいは、さらにゆっくりと時間を掛けて煮こむ。
③もしくは、小麦粉を溶いて、とろみをつける。


 
しかし、ここはえげれすである。「コンビニもどき」はあっても、それらはさっぱりconvenientじゃないコンビニである。カレールーなんて便利なものはきっと置いていない。最悪、中華街までわざわざ行くことも考えたけど、雨なので鬱陶しい。そして、小麦粉のストックなぞ、あるわけもない。

 

 

そこで、いちかばちか、我らがSafewayに行ってみることにした。こっちの人間だって、カレーは食べるんだし、インドの宗主国なんだから、何かあるでしょう。


 
すると、「カレーペースト」という壜詰を見つけた。流石、Safewayだ。流石、宗主国だ。僕は喜び勇んでそれを買い求め、ダッシュで帰ってきた。そして、もう冷めかかってる件の丼に追加しようとした。


 
しかし、既にイロイロなもので丼にひたひたになっていて、これ以上何かを入れるとあふれる状態である。あふれてもいいけど、それでは、図書館のアダムスミスに悪い。そこで、マグカップに多少スープを移して、分量を減らしてからトライしようと思った。


 
僕の料理器具は、万能ナイフのみである。お玉などはないし、万能ナイフがいくら万能でも、お玉の代わりにはならない。かといって、丼からマグカップに、ダイレクトに入れようとしたら、しかもシンクがないところでやろうとしたら、確実に悲劇が起こる。僕は、スプーンでひとつひとつ、地道に移すことにした。


 
移し終えたマグカップの中身は、基本的に具なしなので、なんだか「カレースープ」みたいな飲み物である。僕は、そいつをちびちび飲りながら、改めて、「カレーペースト」なるものを溶かし始めた。


 
仕事の途中で、ペースト自体の緩さが多少気になったものの、こいつがカレーになる瞬間に思いを馳せながら、少しずつ入れていく。「ペースト」というからには、何らかの「固める能力」をもったブツだろう。僕は、ドロンドロンのカレーが好きなのだ。


 
僕は、バーモントのノリで、ゆっくり溶かしつつ、徐々に固まって行くさまを想像していた。しかし、1/4、半分、3/4、と入れても、一向に「固める能力」が発揮されない。既にペースト瓶の底は見えつつある。箸でかきまわす時のその「抵抗」みたいなものが、一向に重くならないのである。カレーはシャバシャバ、そして、なんだか、末恐ろしい色に変わっていく。よくわからん浮遊物もいっぱい浮いている。


 
そのとき、閃いた。「ひょっとして、こいつは、小麦粉と合わせ技一本の、半人前のモノなのかもしれない」。


 
つまり、カレーのうち、「フレーバー」の部分をこの「ペースト」が受け持ち、「固めるテンプル」の部分を「小麦粉」が受け持つのではないか?バーモントのような、一人で二役をこなす素晴らしいスグレモノはえげれすには存在せず、そこはヒューマンパワーで成し遂げなければならない部分なのではないか?


 
ううむ。一言唸りをあげつつ、とりあえず味見をしてみた。すると、果たして、味のほうは、そのどぎつい「インド色」から想像できる、インドカレーっぽい感じのものになっている。見た目は、なんだか色々な香辛料やら、辛いのやら甘いのやら酸っぱいのやら、おそらくそうした味わいを発しているに違いない謎のツブツブが一杯浮いていて、なんともアヤシゲなものになり果てている。そこにはもはや、「林檎と蜂蜜」の面影はない。トローリ溶けてる♪、のではなく、ツブツブ浮いてる♪、の方である。


 
腹が減っては戦ができぬ。つまり、北条をやっつけられないので、とにかく食うことにした。でも、まだ、飯を炊いていない。というか「煮て」いない。えげれすでは、炊飯器などという利器は存在しないので、日本製の恐ろしく高価な炊飯ジャーを購入するか、そうでなければ、米は鍋で煮て作る。


 
もう、面倒だから、適当に米を別容器に入れて、適当な水加減で、ふたもせずに、一階上のレンジ部屋へ行く(笑)。米は15分くらいで炊けた。


 
最後に、ツブツブカレーをライスの上にかけるというタスクが残っている。もはや、「地道@スプーン」をやっている場合じゃないくらいに腹が減っていたので、カップヌードルの空き容器(こっちのカップヌードルの容器は、発泡スチロールではなく、プラスチックみたいなものでできているので、何かと利用しやすい)で、豪快にすくっては、かけて食った。


 
味は、というと、決して食えないシロモノではない。「シャバシャバのカレースープの中に、時折浮かんで見える白飯(と、謎のツブツブ)」状態ではあるが、まずまず、「カレーライス」と言えるシロモノではある。「林檎と蜂蜜」もどこかに含有しているはずなのに、謎のツブツブによって、その気配は消されている。


 
あの、「固める能力」をもつ「カレールー」というものは、おそらくは日本の発明品なのだろう。それから、こちらで喰うカレーは、そもそも、ドロドロしていないということにも、のちに気づいた。かといって、謎のツブツブが必ず入っているかというと、そういうわけでもないのだが。


 
一息ついて、件のレンジ部屋をこっそり偵察する。もうすっかり冷たくなっているレンジを試しにセットしてみたら、案の定、やっぱり動きを見せなかった。

 

 

奴は、寿命を迎えたらしい。。。(60分は、奴にとって、未曽有の領域なのかもしれないが、だったら、目盛りをそこまでつけるなよ。あるってことは、頑張れる、ってことじゃないか。だから僕は悪くない(笑))。

 

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【2023年からの振り返り】

 

だいぶ経ってからもう一回偵察してみたら、奴は生き返っていたので。念のため(笑)。

数年後、ダーラムのフラットで、日本のカレールーを使ってカレーを調理していたら、大家のジーンに尋ねられた。「そのトロミはどうやって出すの?」。やはりえげれすのカレーは、というか、おそらく日本以外のカレーは、みんなシャバシャバなんだろうね。そして、グリコだかハウスだか、初号機が何なのかは知らないけど、「固める能力」を開発したのは、実に偉大なことだね。