えげれす通信、再び

20年ぶりに復活しました

【旧】えげれす通信_vol02:牡蠣と共に始まる生活 (日付不明/09/1998)

こんにちは。えげれすから、第二弾です。
 
さっぱり風邪がなおりません。折角の週末だというのに、起きたのは14:00とかいう日々。・・・まぁ、これは、風邪のせいというよりは、前日の5:00頃まで飲んでいたとせいとも言えるのだが。。。
 
友人がパリから戻ってきて、生牡蠣を買ってきた。殻付きの立派な奴で、2ダースも買ってきた。一緒に食べようと思っていた友達二人がつかまらなかったので、結局彼と二人で2ダースの牡蠣を喰うはめになってしまった。
 
でも、僕は調子が悪いし、それに、あまり食欲も無い。それにそれに、僕は、牡蠣は、好きなんだけど、そんなには食えない体なのだ。というのは、喰うと、まず、百発百中で下痢をする。間違いなく、下痢になる。前に、ニースに行ったときも、最後の晩餐で実に旨そうな牡蠣を喰ったら、翌日は安定の下痢。飛行機乗るのがしんどかったんだ。
 
というわけで、喰う方は、ほとんど喰えず。しかも、あれって、殻を開けるの難しいな。専門のピックみたいなもんは勿論無い。簡単な工具セットがたまたまあったから、ドライバーと金槌で、なんとかこじ開けるうちに次第に巧くなったけど、指先が傷だらけだ。
 
残った牡蠣は、仕方ないので、コンソメぶちこんで、スープにした。こっちはなかなかいけたけど、でも、まだ、僕の部屋においてあるんだな、これが。。。
 
月曜から大学が愈々始まったんだけど、なんだか気合がはいらんねぇ。揃えるべき本も、まだ入手していないし。というか、もらった文献リストの中には、恐らく、購入するべき文献以外にも、参考文献も入っているんだよな。全部の本を揃える必要はないと思うんだよなあ。とにかく、どんな感じなのか。全部が動き出してみないと、よくわからんなぁ。
 
しかし、なんというか、この年で、若い子らに混じって・・・と、それはいいんだけど、
 
出席を取られる
宿題が出る
成績を気にする
早起きせな
 
・・・みんな勤勉やで。どないしよ。
(註:このコースの学生の大半は、「学部卒」の年齢でワカモノである。しかし僕は、博士課程を休学してやってきたオサーンである)
 
これまでは、自主性に任されての院生生活が長かったもんで、こういう、修道院系のまじめさが主流の世界は、正直疲れます。というか、何が一番しんどいって、本当のこと言うと、課題を与えられて、指示された通りにしなければならないのがつらい。院生なので、課題設定も自分でやり、その問題を考える方法を自ら見いだす、という世界に慣れていたわけであり、いまさら、例えば、
 
「この個所が最もよく表されている部分を本文から抜き出せ」
 
みたいな授業はしんどい。まぁ、院に入るための準備コースだから仕方ないんだろうけどね。とりあえず、英語の勉強だと思って、早起きするしかない。明日なんて、朝っぱらの9:00から授業がある。9:00ですよ、9:00。金曜なんて、6コマもある。6コマですよ。そんな「9」とか「6」とかいう数字、最近、見たことないわ。なんやこれ、って感じ。修道院かよ。塾かよ。ダレダレの院生オサーンには勤勉すぎるよ。
 
では、また。

 

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【2023年からの振り返り】

院生で暮らしてきて、ようやくその暮らしにも慣れてきた、D2の中盤。修士も終えて、ようやく「一人前」とみなされるDの暮らしを始めて一年半、ワタクシは、えげれすにやってきた。研究生活で初めての「学術論文」といえる修論も書き上げたわけで、なんというか、自負心と、大いなる青雲のココロザシとが垣間見えますな。と、同時に、ワカモノに交じった「手取り足取り」系授業の連続に、なかなかのギャップを感じている様子も伺えます。まあ、この後は、授業の「取捨選択」に突入していくことになるのですが(笑)。

この時の牡蠣を盛るのに使った、なんというか、スペイン風の絵柄の深い大皿があって、それはたぶん、Habitaという、オサレ系雑貨屋(ロフトみたいな感じ)で買ったものなんだけど、あれはどこへいったんだろう?それから、ユーロスターが開業したばっかりで、フランスがごくごく近く感じられた時の雰囲気ですね。