えげれす通信、再び

20年ぶりに復活しました

【旧】えげれす通信_vol08:防災訓練 (25/11/1998)

「11/25、20:37、インターナショナルホール(註:我が寮の名前、略してIH)で火災が発生しました。出火場所は地階バー付近。煙が充満しているので、一刻も早く、非常口から避難のこと。各階の責任者は、ドアをすべてチェックしたうえ、統括チーフに報告してください」


 
日本のちょっとした規模の建物の避難訓練ならば、このくらいのシミュレーションはするでしょう。僕が春までバイトしていた某研修センターでは、そこは、常時500人くらいの客が泊まっているところなんだけど、相当リキが入った避難訓練をやっていた。非常用の電話回線は別にあったし、職員がそのすべてを把握しているかどうかはともかくも、詳細なマニュアルもちゃんとあった。防災責任者を中心にした組織的な防災訓練を行っていた。


 
学校だって、防災訓練を定期的に実施していた。アナウンスがあると、児童は緊張の面持ちで、きちんと机の下に隠れた上で、ハンカチを鼻と口に当てつつ、非常口から校庭へ避難していた。その後、ちゃんと校長から訓示なんかがある。子供心に、まぁなんとなく照れくさくはあるけど、一つの学校行事として定着していたわな。凝ったところになると、スモークを炊いていたという話もある。


 
ちなみに、この「机の下に隠れる」というネタ振りを寮の連中に言ったところ、秋田出身の子は「当然」と頷き、福岡出身の子は「えっ。何それ?」と言った。日本でも、地方によって、違うんだねえ。


 
さて、ここはえげれすである。


 
今週中に、いつかわからんけど、避難訓練がありますよ。
報知器が鳴ったら、速やかに、かつ慌てずに、非常口から外へ出て、通りの向かい側に集合してね。
モニタリングしてるから、ちゃんと真面目にやらなきゃだめよ。


 
というような内容のチラシが、食堂のテーブルに置いてあったのは、先週末のことだった。

 

 

この、「いつかわからんけど」というのがくせものである。なにせえげれす人、時間に関してはルーズだし、無頓着である。


 
これが日本人なら、寮と言う性格を考えて、「みんながそこそこ在宅していて、かつ速やかに行動ができる時間帯に行う」とか、「責任者がここに住んでいるわけではないので、出勤時間帯に合わせて行う」とか、「しかし皆さんにも生活があるわけなので、生活に支障をきたさないよう十分な配慮をもって行う」とか、あれこれ考えて、実施するだろう。しかし、えげれす人である。もしかしたら真夜中にヤラカスかもしれない。前後を考えずにヤラカスかもしれない。傍若無人にヤラカスかもしれない。


 
例えば、


 
・本気の真夜中に鳴るかもしれぬ
・シャワーの最中に、シャンプーで泡だらけのタイミングで鳴るかもしれぬ
・訓練とは関係なしに、お湯が止まるかもしれぬ
・エッセイ書いている途中に鳴り、ついでにされた電源チェックとかで電源オフになり、データが飛ぶかもしれぬ


 
事実、他の寮では、夜中というか、朝方の4:00にやったらしい。友達の女の子は、目覚ましと間違えて、何度も止めたのに鳴り止まないと思ったらしい。


 
しかしウチの寮の場合は、予想に反して、実に実に常識的な時間とタイミングで、報知器が鳴った。20:30。実に「丁度いい頃合」である。ひとまずは良かった。


 
ここの報知器は、聞いたのは三回目だけど、とにかくうるさい。前回と前々回は、それぞれ、タバコの煙と、キャンドルが原因だったらしく、それらは「訓練」ではなく「誤作動」であった。訓練と知らされていなければ、たとえ鳴ったとしても、そんなことは誰一人、信用しない。しかし今回は、「訓練」であることを知っていたためか、みんなまじめに廊下に出ていた。僕は、「信長の野望」をやっているタイミングだったけど、落ち着いてちゃんとセーブをして、それから音楽CDを消して、TVも止めて、鍵もかけて、コートも羽織って、万全の支度で外に出た。しかし周りを見れば、慌てて裸足の奴とか、ガウンのみの奴とかは何人かいた。


 
みんな、ぞろぞろと、さして嫌そうでもなく、建物の外に出てきた。僕はコートを着てきたのは正解なんだけど、傘を忘れてしまった。それで、結局、外で濡れながら、訓練が終わるのを待つことになってしまった。「予測される訓練」だっただけに、ひとつだけミスったなあ。


 
それにしても、うちの寮には、これほどの人が住んでいたのかと驚くほど、建物の前のBrunswick Squareは人だらけになった。食事の時は、それぞれが食堂に来る時差もあるし、それ以外ではあまりその「人口」を体感する機会はないので、今回の人数は驚いたな。


 
待っている間、みんなは何をしていたか。


 
ある者は、右手にしっかりウイスキーグラスをもち、またある者は、タバコをふかしてしゃべっている。考えたら、防災訓練中に煙草を吸うってのも、なんだかユルユルな感じがするけど、まぁ気にしないでおこう。そうかと思えば、建物の外から丸見えの、コモンルームのTVを見て盛りあがってる人らもいる。丁度、フットボールのダイジェストをやっているのだった。


 
かれこれ、10分くらい経った時、おっちゃんがそろりと出てきた。おっちゃんは、点呼を取るわけでもなく、人数を数えるでもなく、何かを点検するわけでもなく、テンション低めで曰く、「入っていいよ」。


 
みんなは、またぞろぞろと、建物の中に入っていった。


 
途中、階段で、僕を抜かして昇って行った、男性二人組は、「マンチェスターユナイテッドがどうのこうの。。。」と言っていた。恐らく彼らは、マンUの試合を見ながら、流れで外に出てきて、外から見えるコモンルームのテレビで続きを見て、そのまま流れで引き返していったのだろう。


 
えげれすは地震がない国である。火災はあるんだろうけど、「震災」というものには恐らく縁がない。だからなのか、なんなのか、全く緊張感のない避難訓練であった。


 
それでは、また。

 

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【2023年からの振り返り】
その後何度か、防災訓練には遭遇したけど、毎回毎回、ユルいなあと感じましたね。この国は地震がないから、あんまり身が入らないんでしょうな。この国の天災と言えば、大雨と洪水。洪水は、なんだかやたらと起きる。でも洪水だと、急を要する避難は要らないかもしれないから、やはり訓練はユルくなるのかも。