2/23。ロンドン最終日。
明日の朝ヒースローに行くのに、定石通りピカデリーラインで行くか、それともバスで行くか、まだ決めかねていて、万が一バスで行く時のための、ルートと乗り換えの下見を兼ねて、ヒースローに行ってみる。
と、空港で、ひとり旅の日本人女性に声をかけられた。彼女はトルコ航空で日本に帰ろうとしているのだが、何やら困っているらしい。あまり英語もできないらしい。
どうやらワクチン接種をしておらず、陰性証明を出してくれと、トルコ航空のカウンターで言われたそうだ。見るとカウンターには、宮川大助・花子の花子みたいな、ちょっとキツめのおばちゃんが、こちらを見て「うんうん」と頷いている。
今回の旅行準備で、僕が、細心の注意を払って、何度も複数のサイトで確認したのが、日本を含めた今回の旅行関連国のコロナ水際対策条件である。まー、それぞれ違うし、めんどくさい。面倒なだけじゃなく、コロコロ変わるから、その情報の日付も確認しなければならない。しかし、これに引っかかると、入国できないし、出国できない。「ターミナル」のトムハンクス状態になってしまう。僕には壁塗りのスキルはないので、空港に閉じ込められては、暮らしていけそうにない。
シンガポールはちょい面倒(政府アプリで登録するのだが、そのアプリがあまりにポンコツすぎる)。
えげれすは…何も無し(笑)。こういうところが潔いんだよな。この段階までくれば、あとは個々人の判断に委ねる、という徹底さだね。ひとりもマスクしている人なんていないしね。
そして日本。日本も実はアプリで手続きするのである。そして、現時点(2023年2月23日)での入国条件は、
①ワクチン3回以上接種済
→接種証明があればそれをアプリで登録
②接種無し
→出発前72時間以内のPCR陰性証明必要
となっている。ただし、非常に紛らわしいことに、タイトルに太字で、
気軽に海外へ!日本帰国時の陰性証明が不要に!
とある。細かい文章を読まない人は、「そうか。要らなくなったのか」と思ってしまうよね。
彼女は、
「要らなくなったって書いてありました」
と言うので、僕もその時点では、少しあやふやだったから、花子に尋ねた。ちなみにその時点で、我々の元には、トルコ航空男性おっちゃんスタッフがもうひとり増えていた。彼は大助に似ていて…といけばビンゴなんだけど、ヌーボーとした感じは大助っぽくもあるが、どちらかというと蛭子さんみたいな感じだ。
「陰性証明必要なんでしたっけ?」
花子は早口でまくし立てる。
「そうです!QRコードが要ります!それがないと搭乗できません!」
トルコ人はおおむね、オトコもオンナも、顔が濃い。国民全員が平井堅とか阿部寛クラスの彫りの深さである。行けども行けども、搔きわけても掻きわけても、堅と寛が出てくる。いち堅去って、またいち寛。そして、ただでさえ、出だしがイカついのに、トルコ人はおおむね、笑わない。堅と寛が、笑わずに、髭で、四方から迫ってくるのだ。女性だって、うっすら、でさえある。子どもは泣き出すレベルの圧である。
そして、イカつくて笑わないのに、加えて、花子の早口である。これは、ただでさえ打ちのめされている彼女の懐を、絶望的にえぐってくる業である。こりゃあんまりだなと思っていたら、蛭子さんが、無類の優しさを出してきた。
「残念ですが、このままじゃ搭乗できません。 PCR を受けて陰性反応なら搭乗できます。ただし、PCR センターがいつから開くかはわからないし、反応が出るまでどれくらいかかるかもわかりません。そしてこのカウンターは、あと一時間くらいで閉まります。PCR センターはターミナル3にあります」
すごいやん、さすが蛭子さん。
花子と違って、yes/noだけじゃなくて、付随情報を教えてくれてるやん。
海外ではいろんなことが起きる。しかし、こういう人がいると、すごくありがたいんだよなあ。僕もかつて、ニュージーランドから出国できない事態になった時、空港のあるスタッフに親身になってもらって救われたもんなあ。
おい、花子。
ちょっとは優しくしろや。
ちょっとは髭剃って笑顔でしゃべれや。
ちなみにえげれす入国時は何も要求されなかった。念のためそれを言うと、花子は、
「でもあなたは必要です!!ないと乗れません!!」
キイキイ言うとるなあと思っていると、にこやかな蛭子さんがまたも補足してくれる。
「これは国のポリシーです。日本のです。だから必ず必要なんですよー」
蛭子さん、なんて優しいんだ。しかし、この段階で、僕も、この「日本のポリシー」を再確認したところだった。確かにそう書いてある。紛らわしいところをきちんと解読すれば、ではあるが。モジヲヨメバ、ではあるが。
つまり、これは全面的に、彼女の落ち度ということになる。確かに紛らわしいけれども、きちんと読めば、そう書いてある。出入国マターは、細心の注意を払わねばならないポイントである。ヤラカシは許されない。
彼女は、少しばかり、ヤラカシプリンセスなのかもしれない。
この時点で、プリンセスのフライト出発の二時間前を切っていた。国際線の常識からすると、残念ながら、この便への搭乗は100%不可能だろうと僕は思っていた。しかし、初の「海外ひとり旅」だというプリンセスは、どうもそこのところが、あまりわかっていないっぽい。時間的にまだなんとかなるかなと考えている風だったので、僕は「介錯」をせざるを得なかった。
「PCRが必須ということは、この先どうするにせよ、まずはとにかく、PCRを受けましょう。それをクリアしないと、日本に上陸できません。そしてそれには三時間以上かかります」
しかしプリンセスは、脇の甘さを見せてくる。
「黙って隠していけたりはしませんかね?」
甘い。
甘いよ。
えげれすのカップケーキくらい甘いよ!
「…いや、日本の国のポリシーだとすると、パスポートと情報が紐づいていて、すり抜けはできないでしょう」
決してアタマの弱い子とかではなく、全般的に、好感のもてる子なんだけど、経験の浅さから来るのか、はたまた、もって生まれたキャラから来るのか、恐らくはその両方なんだろうけれども、少しヤラカシ癖があるようだ。
ヤラカシクイーン
一つ、昇進させてあげよう。
乗りかかった舟だ。ほったらかしにもできないし、もう少し助けてあげることにした。
ここからの方針は、
①まずは必須のPCRを受ける
②結果が出る時間を聞き、トルコ航空のカウンターで再び相談
③ダメな場合には新たに航空券を購入
しかし、100%こちらの落ち度なので、会社側には補償する責務は全くない。おそらく②は無理だろう。ということは、あまりにかわいそうだけど、新規でチケットを買う羽目になるだろう。
それを告げると、クイーンは、深いショックを受けていた。
気を取り直し、ターミナル3のPCRセンターへ向かう。クイーンは自ら入室して行った(「どうしよう」ばかり言って何も行動できないヤツも多い中、クイーンは行動力はあるので、だからこそ助けてあげようかと思う)。
1分後、戻って来て曰く、
「予約しないとダメみたいなんです」
ま、そういうこともあるだろうな。サイトの英語が読めないというので、一緒に進めましょう。
最後に「料金」が出る。…あれ?タダじゃないの?
£129(¥21414)
なんてこった!高すぎるだろ!
でも必須だから、やらねばならない。クイーンにしたら、新規チケットと検査代で、ものすごい額が吹っ飛ぶことになる。ヤラカシの代償はエゲツないことになってしまったね。
金額を知って、クイーンはさらにまた、落ち込んでしまった。
でも、頑張れ。
海外ではいろんなことが起こるのだよ。
Things happen
(ヤラカせばヤラカすほど、傷は深まる)
Never mind
(そうやってみんな逞しくなるんだ)
クイーンの持ってる楽天カードが決済に通らず(日本発行カードはそういうこともある)、他のカードはないというから、僕のカードで立て替えて、とにかくも、検査を終えた。4時間くらいで結果が来るらしい。良かった良かった。
待っている間にクイーンは、チケットサイトで航空券探しをしていた。ここで、くよくよ、さめざめと泣いて、何も行動しないタイプだと、僕はここまで肩入れしないんだけど、なかなかポジティブかつアクティブで良いじゃないの。これなら、ここからなんとか、道を切り拓いていけそうかな。
僕にとっても本日は、えげれす最終日、大事な日である。この辺で、お別れしましょうかね。
…と、クイーンが曰く、
「今から4時間後に出発のチケットが安いんですが、取っても良いでしょうか?」
いやいやいやいや。
いやいやいやいや。いやいやいやいやー!
駄目ですよ。
万が一、陽性だったら、また紙屑になっちゃいますよ。
ここで急いでも仕方ないです。結果を確認してから、購入した方が良いです。こういう時には、人間は、「経済合理性」というやつを働かせて、行為を選択しなければならないのです。多少高いけど、ジャルアナ(JAL ANA)の方が、「何かあった場合(ヤラカシた場合、とも言う)」には安心かもしれませんね。とにかく、一つ一つ、クリアしていきましょう。
「わかりました」
殊勝な態度で、クイーンが頷く。僕は、えげれすでの連絡先を渡し、「困ったらいつでも連絡してください」と言って、クイーンの幸運を願いながら、ヒースローを後にした。
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僕が、Harrodsを冷やかしていると、クイーンからメールが来た。
「無事、陰性証明が来ました!そして、無事、ANAのチケットが取れました!本当にありがとうございました!」
いやはや、よかったよかった。終わり良ければ全て良し。シェークスピアの言葉を送ろうじゃないか。僕も、だいぶ時間を割いて助けた甲斐がありましたよ。どうか気をつけてお帰りください。このフライトでは、きっと良いことがありますように。
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僕が、Harvey Nicholsをぶらついていると、クイーンからメールが来た。ちなみに、HarrodsとHarvey Nicholsは隣である。
件名: ヘルプです!
本文要約:
チケットの名字を間違えてしまいました…。ヘルプデスクに電話したのですが、何を言っているのかわからなくて、切れてしまいます。どうしたら良いでしょうか?
ヤラカシクイーンマザー
昇進?なのか?わからんけど、おそらくアナタは、そのポジションに相応しい人物なのでしょう。(ちなみに航空券の名前がパスポートの名前と一字でも違うと、もうおしまい)
ぜひ、この調子でヤラカシを積み上げて、ロイヤルワラントのコンプリートを目指してください。