朝、陽の光の下で、あたりを見てみると、泥炭湿地帯もなかなかの趣がある。川の水はやはり、茶色がかっている。本日はどうやらまずまずの天気のようだ。
ヤツらも喰っている。相変わらず喰っている。泰然と喰っている。いつもいつも思い起こすのは、あの有名な、三好達治の詩だ。
雨の中に馬がたつてゐる
一頭二頭仔馬をまじへた馬の群れが 雨の中にたつてゐる
雨は蕭々と降つてゐる
馬は草をたべてゐる
「ヤツら on the road」という鉄板の技を、順当に繰り出しつつ、喰っている。ヤツらの外郭が、朝日を浴びて、金色に輝いている。三好達治も、えげれすに来たなら、ヤツらで絶対に詠むだろうな。
ここしばらく、山中ばかり走っていたが、A897はヘルムズデール(Helmsdale)にて、東海岸に出る。
ここには、かつて立ち寄って感動した、素晴らしきレストランがある。愛用ドライブマップには、「キワモノレストラン。カンガルー、ワニ、野鳩、イノシシ、鹿、キジなどあり。シーフードは絶品」というコメントが記入されている。走っていると、なんとなくの見覚えがある建物に出会った。多分、ここだな。
ヘルムスデールからA9にて海岸沿いを南下する。最初の目的地は、クライヌリッシュ蒸留所(Clynelish Distillery)。グレンリベットやグレンフィディックという、有名、かつ、観光地化されてしまったところとは異なり、穴場感がある。なかなかこんなところまでは来れないからねえ。海を臨む高台にあり、天気も良いし、むちゃくちゃ綺麗だ。クライヌリッシュはジョニーウォーカーの原酒でもあるらしい。グッズも一番充実していた。「ウィスキーストーン」なる、実に気の利いたグッズが売られている。石のキューブで、これを洗い、冷凍庫に入れ、何かを冷やして飲むときにこれをグラスに入れる、のだそうだ。アリキタリのものやアリフレタものには食指が動かないワタクシとしては、これは響いた。響いたけれども・・・重量を気にする旅行中で、「石」を買うのはねえ(笑)。めちゃめちゃ惹かれたけど、断念する。ここは受付のおっちゃんの感じが最大級に良かった。クライヌリッシュは、これまでは、それほど贔屓にしてはいなかったが、今後は気にしていこうと思う。
もうすぐインバネス、というテイン(Tain)、そして、その手前にあるグレンモーレンジ蒸溜所(Glenmorangie Distillery)に立ち寄る。ここも海の至近にある。グッズはいまいち。特筆事項はあまりなし。先へ進む。
インバネスからA82でドラムナドロッキット(Drumnadrochit)に着く。ここには、「ネッシーの聖地」、ロッホネスセンター(Loch Ness Centre)がある。僕はここには既に、5~6回来ている。ネッシーのことを、とことん真面目に、深く抉ってくる、なかなか趣深い施設である。しかし、なんだか、リニューアルされているっぽい。
嘗てここでは、入場料を払うと、資料の展示と、説明ビデオを、見ることができた。ビデオでは、「ネッシーを目撃した人たち」が、コーフンした面持ちでその時の様子を語っていた。その後の「ネッシー捜索プロジェクト」では、ネッシー発見に命を懸けた男たちが、その壮大な取り組みを、アツく語っていた。プロジェクトでは、良い歳をした男たちが、冷やかしなどなく大真面目に、捜索に打ち込んでいた。細長いネス湖の端から端まで長い網をかけて、まるで「追い込み漁」でイルカを獲るが如く、ネッシーを追い込むプロジェクトが、実行されたりした。それは、確実に、「BGMに中島みゆき」「田口トモロヲの語り」が必須である、アノ番組のテイストが完全にハマる奴であった。作り方次第では、感涙さえ流れる、壮大な物語に成り得るものであった。茶化したり、笑ったりしてはいけない、荘厳にして、真剣な、物語であった。
各所の入場料の高騰にビビりまくっていた僕は、ロッホネスセンターのツアー£14.35(¥2800)に頭を抱えたが、やはり、あの、「トモロヲみゆきテイスト」の魅力には抗えず、久々にあの、壮大な、しかも真剣な、物語を見ることにした。喉元まで出かかっている、
そんなアホなことになんで・・・
みたいな言葉を飲み込まざるを得ない、一切の「イジリ」「ツッコミ」を慎まざるを得ない、厳粛な物語を、見ることにした。
内部は、かなりの変貌を遂げていた。まるで、何らかのアトラクションであるかのように。テーマパークの見世物であるかのように。のっけから、「ネッシーワールドではしゃぐ自分」を、おそらくは色々な「盛り」を凝らして撮ることができるであろう写真スタジオがある。スタッフのにいちゃんはにこやかに、「盛り写真」を勧めてくる。
いやいやいや
なんか、自分からボケてきていないか?
ネッシーを「実在物」ではなく、そもそも、「キャラ」として、設定していないか?
そんな「ハシャギ」の気持ちは毛頭ない僕は、にいちゃんの勧誘をスルーした。しかし、にいちゃんは、次に、ガイド音声の説明をしてくる。イヤフォンやヘッドフォンで音声を聞くのではなく、スマホにアプリをDLするのだそうだ。たまたま、昨日のdocomo24時間の契約がまだ生きていたので、DLしてみる。ツアー開始時刻が10分刻みで選択できるので、僕は、「12:50」を設定した。一連の動きを見ていたにいちゃんは、にこやかに、まるで「テーマパークのスタッフ」のような軽いノリで、
「では、幻想の世界へ、いってらっしゃい!」
と、送り出してくれた。
ううむ
ノリが違うんだよなあ。あの「厳粛さ」はどこ行った?ネッシーは実在する。ネッシーを発見する。そのためには、時間も労力も、金さえも、注ぎ込むことは厭わない。アホなことに(!)、アホみたいな情熱をささげる(!!)、あまりにアホすぎる男たち(!!!)の、真摯な取組を、自ら貶めていないか?
扉を開けると、「第一の部屋」が待っていた。「部屋」は複数ある。「部屋」に入ると、スマホのアプリから日本語音声の説明が流れる。しかし、「説明」ではないものもある。
ある「部屋」では、あるパブの様子が画面に映し出される。部屋のつくりがパブ内部を模している。「あつらえ」に加えて、はめ込まれた複数のモニターの中で、人物が動く。客は、まるで、本物のパブの中で、彼らの動きを見てているかのような錯覚に陥る。例えば、左側のモニターに映っている人が、歩きながら正面に移動すると、その人は、パブに入ってきたような形で、正面のモニターに映される。パブの三方が、映像で再現され、その中で人々が「寸劇」を繰り広げる。
一人のオヤジがパブに入ってきて、パブのスタッフに話しかけた。何かデカい生き物を目撃した、と言っている。しかしそれは「演劇テイスト」であり、おそらくはどこぞの俳優なので、そこには「演技」が加わっている。目撃談を語る方も、それを聞く方も、表情は豊かであり、口調は劇的である。まるで、映画を見ているかのようである。臨場感はあり、確かに「うまい」が、「うまさ」があるために、リアリティがない。
ううむ
そうじゃないんだよなあ。肝心なところを履き違えているんだよなあ。そもそも、「んなもん、おるわけないやろ」というネッシーを、「そうだ、いるはずはない」と「オトナの判断」で決めつけることをせず、「いや、いるかもしれん」「いないと、どうして言えようか」「ほんなら探そうやないか」と生真面目に取り組み、だからこそ、大真面目に科学的分析を行い、クソ真面目に、「追い込み漁」的実地調査を行う。少しも笑わずに、1mmも疑わずに、目の前の課題に没入する、その「厳粛さ」こそがキモなのに、自ら「ツクリゴト」の雰囲気を纏わせてきてるやん。世界中の誰しもが思っている、
アホですか
というツッコミを、すんでのところで思いとどまらせる、このギリギリの空気感こそが、「ネッシー問題」の要諦なのだよ。それを、自分たちが自ら、「ネタ設定」してどうすんのよ。
思えば、昔のビデオは、実際の目撃者オヤジが、たどたどしいが、しかし、それだからこそ、妙なリアリティを感じさせる口調で、目撃談をアツく語っていた。それが絶妙に素晴らしかったのだ。このアトラクション感は、方向性を間違っているよなあ。
最後の「部屋」では、「俳優」が、
「さあみなさん、ここまでの内容を踏まえて、最後にジャッジをしてください。目の前の三つのボタンのうち、一つを押しましょう!」
と、軽妙、かつ、パリピ的なノリで、語りかけてくる。「部屋」に同時にいる客たちがそれぞれ、「真実」「嘘」「可能性はある」のベットをして、最後に、ファンファーレとともに、三つの順位が発表される。「winnerは・・・『真実』です!!!」みたいなナレーションでツアーが終わる。この、「仕掛け」としては実によくできているが、「精神」を間違って継承している新システムは、ちょっと違うよなあ。ネッシーに対する冒涜やなあ。
謝れ!アホなことに情熱を捧げるアホなオヤジたちに、謝れ!!
インバネスに戻り、A9で南下し、トマーティン蒸留所(The Tomatin Distillery)を訪れる。ここも、グッズはいまいち。
今回、蒸留所を5つ回ったが、一番良かったのはクライヌリッシュかな。ロケーション、ビジターセンター、グッズの種類、雰囲気、スタッフなど。あとは帰るだけ。19時前にアバディーン帰着。
今夜のホテルは、「ホテルらしいホテル」で驚いた。アバディーンの最初のホテルは「ビービー崩れ」のチッチャイ宿だったが、今回のホテルは、デカいし、外観も内観もめっちゃオサレだ。料金はほぼ同額なのに、なんということでしょう!オサレなバスルームで、「トラップなし」「着色なし」「泥炭ツブツブなし」のバスを使い、アバディーンラストナイトを満喫する。
さあ、明日はダーラムへ。